:第55回アンケート: 【お約束もたまにはいいのよ】 1位 記憶喪失ネタ(もちろん最後はラブラブv) (14票) 2位 和希にときめいた某君が無謀にも中嶋さんに宣戦布告するお話(笑)(13票) 投票、また、コメントありがとうございました〜 |
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黒いベルベットのとんがり帽子に、お揃いのマント。 裏地はサテンで、凝った造りになっている。 余程の暇人が夜なべでもして縫い上げたのだろう―― と、学生会前副会長は、柄の長いほうきを手に嬉々としたその男を、額の青筋を抑え込みつつ眺めた。 “魔女もどき”は「どうですか?」とわざわざマントの裾を持ち上げて、くるりとひと回りして見せる。 爪先まですっぽりと覆う衣装で、つばの広い帽子をかぶれば、一見誰だか判断できないくらいだが。 「何か変ですか?」 「いや…」 物言いたげな視線に気づいて、性別不明な魔女が首を傾げる。 言いたいことは山ほどあったが、小言など口にしたくはないし、意味もない。 止めたところでこの男がやめるわけもない。 力ずくでなど、無粋な真似をするつもりもない。 今日ばかりは。 和希が前会長をけしかけてハロウィンだか何だかの仮装パーティの開催を勝ち取って、熱心に衣装を作っていたのは知っている。 それほど暇でもないだろうに、伊藤の分まで作ってやる辺りがこの男らしいというか。 もちろん、英明にも何か着せようと目論んでいたようだが丁重に断った。 端からくだらないイベントに参加する気などなかったからで、今でもその気持ちに些かの揺るぎもないが、ただ…。 「――伊藤はどうしたんだ」 「啓太は先に…、俺は中嶋さんを誘いに行くからって先に行ってもらいました」 「……そうか」 「啓太の仮装も見たくなりました?」 「………」 伊藤のこととなるとどうやら冗談にはならないようで、啓太の衣装を是非見に来てください。そりゃあもう可愛いんですよー。 あんなに黒猫が似合うのは、世界広しと言えども啓太だけですよ、などと捲し立ててくる。 成程、和希が魔女で伊藤が黒猫か。それはまた都合がいい。 「――その伊藤に伝言だ」 「え?はい、なんですか?」 「絶対に眼を離すなと伝えておけ」 「…? 何からです?」 「そう言えばわかる。早く行かないと合流できなくなるんじゃないのか」 「あ、はい…、じゃあ中嶋さんも気が向いたら来てくださいね!待ってますから」 慌てるとむしろ箒が邪魔なくらいで、和希は未練を後ろ姿に残しつつ、会場に向かって去って行った。 「さて…」 些か気にはなるが、会場まで出向く気にはなれない。 仮装限定というわけではないが、普段の格好でのこのこと出向けば、嫌味しか能のない、今秋から学生会執行部となった件の犬に何を言われるかわかったものじゃない。 何か動きがあれば伊藤から連絡があるはずだ。 まず以て、年齢不詳のあの男が、己に無頓着すぎるのが一番の問題だろう。 英明を水面下でやきもきさせるのは和希くらいだ。 「――おや、これはこれは魅力的なウィッチにお会いできました。伊藤君も、大変愛らしいですねぇ」 少し遅れて会場に現れた和希から、恐ろしい伝言を聞かされた啓太が青くなっていると早速、無駄に本格的なドラキュラが音もなく近づいてきた。 シルクハットにマントに蝶ネクタイ、カマーバンド。 安っぽいコスプレに見えないのは、やはり日本人離れした容姿の成せる技だろう。 「あ、ありがとうございます。七条さんもよくお似合いですよ」 「ふふ。では僕はこれで」 スマートすぎる吸血鬼は、すっと魔女の手を取ると身を屈めて手の甲に軽く口づける。 隣で見ていた啓太は思わず叫びそうになるのをこらえて、長いマントを翻して去って行く後ろ姿を見送った。 ――これは…報告レベル…か? 自らに課せられた重責に頭を抱えているところへ、今度は陽気な声が啓太目掛けて飛んでくる。 「ハニーーーv」 「…うわっぁ!?」 金色のもこもこががばぁっと勢いをつけて首に巻きついて来たので、危うくひっくり返るところだった。 「ちょ、何やってるんですか成瀬さんっ、啓太から離れ…」 「ハニーv これは黒猫だね?カワイイよ、食べちゃいたいくらい」 金色のもこもこは、和希の制止など全く耳に入らない…入れる気がないらしく、啓太の頬にぎゅううと自分の頬をくっつけて過剰なスキンシップを図ってくる。 身動きの取れなくなった啓太の脳裏に、英明からの絶対命令が目まぐるしく駆け回る。 和希の身に何か起これば身の破滅だ。冷静沈着な前副会長は、冷静沈着のまま恐ろしい報復とダメージを相手に植え付けるだろう。 そんな身の程知らずをこれまで何人も見てきた。 そのときふっと身体が自由になって、同時に視界に大きな… ――だ、大仏…? 大仏と思しきマスクが…マスクをかぶった誰かが、暴挙を働く成瀬の首根っこを掴んで啓太から引き剥がし、そのままずるずると引きずるように人ごみに消えていく。 「な、なんだったんだ…今の」 何が起きたのかまるで把握できない啓太が、ため息と共に我に返ると、隣に居たはずの和希の姿がそこから消えていた。 「和希…っ?」 落ち着いて考えれば学園の寮の中で、行方不明などとあるわけもないのに、英明の言葉が変な方向に話を捻じ曲げる。 誰かに連れ去られたわけじゃない。きっとその辺にいるはず。 同時によくない想像も次々と浮かんでくる。 万が一どさくさに紛れての本格的な略取誘拐身代金研究所の爆破ウィルス兵器…?あれでも和希は、世界に名だたる鈴菱の御曹司だ。 「――和希っ」 この学園にはこんなに人がいただろうかと首を傾げたくなるほどの人ごみを掻き分け、和希の名を呼ぶ。 何でもないのに英明に連絡を取ることは躊躇われた。 しかし何かあってからでは遅いこともわかっている。 啓太は覚悟を決め、英明の携帯を呼び出した。 『…はい』 「――中嶋さん?伊藤です、すみません和希の姿がさっきから見え…」 わぁあああッと会場内の歓声に、ただでさえ消え入りそうな声が掻き消されて、啓太は反射的に壇上に眼を遣った。 司会者のハウリング気味のマイクの音が、そこにかぶさる。 《――本日の特別企画〜!》 テンションの高い司会者が高らかに宣言した。 仮装をしていつもの自分ではない姿で、素ではは言えないことを叫んだりする――というコーナー。企画したのは確か… うぉおッと一際大きなどよめきの中で、壇上に登場したのはフランケンのマスクをかぶり、ボーダーの長袖Tシャツを着た、大柄な人物。 顔を隠していてもわかる人にはわかる。 実際ギャラリーからは「王様―」とのヤジやら口笛が飛び交っていた。 啓太がその場所から眼が離せなくなったのはそればかりではなく、王様…もといフランケンが華奢な魔女の手を引いて中央に立ったからだった。 箒はいつの間にかどこかへ消え失せていた。きっとどさくさで落としたのだろう。 困惑した表情が、とんがり帽子の中に見え隠れする。 「――中嶋さん!和希が…」 思わず携帯に向かって叫んだ時には、すでに通話は切れた状態だった。 「いいぞ王様ー」 「馬鹿野郎バラすんじゃねぇ!」 ギャラリーと壇上とのやり取りで、また会場が沸く。MCが巧みに司会を続けた。 《さて王様…ではなくフランケンさん、今日は一体どんな訴えでしょう?》 「――あー…今日はだな、この遠…じゃねぇ魔女に言いてぇことがあってな」 フランケンは魔女の手をしっかりと掴んで離さない。和希も、ここから逃げ出せばこの場も、丹羽のメンツも台無しになると理解している。 でもやっぱりマズい。助けを会場に探したが、口々に囃し立てる群衆に頼みのその人の姿は見つけられなかった。 《――ではフランケンさん、魔女の方にメッセージをどうぞ!》 「えーっと、だな。魔女の中のヤツ、よく聞けよ。あんな鬼みてぇな陰険眼鏡とはとっとと別れて、俺と付き合え…ってください!」 水を打ったように静まり返った後、会場は大歓声で地響きがするほどだった。 王様まさか…これがやりたくてこのコーナー企画したんじゃないだろうな…と啓太は事の成り行きに唖然としながら思った。 当然居並ぶ面々は、魔女の中身も陰険眼鏡が誰を示しているのかも把握している。 それくらい学園では、副会長と和希のカップルは公然の仲だった。 《――これは、またストレートな愛の告白ですね!魔女さん、さぁ!どうしますか!》 お祭り騒ぎにMCだって悪乗りするだろう。ギャラリーからは「魔女」コールが湧き上がっている。 マイクを向けられて和希は完全に固まっていた。 「――伊藤、にゃあと鳴け」 ――え…ッ 背後から囁く気配に啓太は一瞬身を固くした。 振り返らずとも、誰なのかはわかる。いつの間にこっちへ来ていたのか、啓太を見つけ出したのか、それは今どうでもいい問題だった。 「魔女」コールがやんで、会場が和希の返答を固唾を飲んで待っている。 静まり返った場内に、「ニャー!!」と些か上擦った声が響き渡った。 皆が一点に集中する。王様も、和希も。司会者も、ギャラリーも。 「…お前は魔女の使い魔だろう」 そのひと言と共に背を押された。和希を助けに行けとの命を受け、啓太は鳴き声を上げながら人ごみを掻き分けて進む。 弾かれたように生徒たちは横に退いてざぁっと道を譲った。 ほとんど寸劇か余興のような展開に、会場は益々盛り上がりを見せる。 「ニャッ!」 怒りを表したつもりの鳴き真似で、壇上に登った啓太は王様と和希の間に立ち塞がった。ギャラリーの好奇の視線が痛いけれど、引き下がるわけにはいかない。 「――啓、太…?」 和希と王様が、ふたり同時に何か言いかけて、けれどもその先が続かなかった。 周囲の声援も次第にざわめきに変わる。 「王様…?」 丹羽が立ったまま石化している。 黒猫の衣装のせいだと気付くのに時間はかからなかった。 ――王様、ごめんなさい! これも演出ですから! 「にゃあ〜」 魔女を促すように鳴いて、和希の手を取り舞台袖へ消えたところで、照明が消えて幕が落ちた。 実際に幕があったわけではもちろんないのだけれど、そんな錯覚を起こすくらい劇的な幕切れだったと付け加えておく。 図ったようなタイミングは、前副会長が手を回したのか、それ以外の人間の策なのか知らないが、ともかく会場は拍手と喝采と、意味もわからないままでひたすら盛り上がり続けていた。 「――とんだ茶番だったな」 忌々しいとばかりに英明が吐き捨てた。 奪回した和希を連れて会場を出、廊下で待っていた英明と合流した。これでもう啓太は用無しだろう。丹羽の様子も気になるし、そそくさと消えるに限る。 「…じゃあ俺は戻りますね」 「ああ、伊藤」 「はい?」 「今日は助かった」 「……い、いいえ全然。じゃ、じゃあ和希またなっ」 英明に礼(?)を言われるとは思わなかった。真夏に雪が降りそうなほど珍しい事態に狼狽えて、あたふたと会場に向かう。 硬直した王様は、女王様の命で現生徒会メンバーが片づけたと後から聞いた。 一方――、 「さて」 「………」 まだ呆然としている和希に部屋に戻るよう促してみたが反応がない。 啓太からの連絡を受け会場に駆け付けてから、ことの一部始終を見る限り、暗愚の元生徒会会長に振り回されていただけで和希に非はない。 あらぬ言いがかりをつけられて、英明からお仕置きと称したいつもの仕打ちを案じているのかもしれない。 「遠藤」 「は…い」 「なんだ、丹羽に告白されてそれほど動揺したのか?」 「――い、いえ、そう…ではなく」 ずっと俯けていた顔を上げた和希の、表情をよく見るために邪魔な帽子を取り除いた。 何だか今にも決壊しそうな涙腺に、不意を突かれて言葉が出てこない。 狼狽えるなどおよそ英明らしくもなく、和希がすぐまた眼を逸らしたために、更に動揺のやり場を失った。 何かを誤魔化すように和希の躰を肩に担ぎ上げると、長い脚で大股に部屋へと向かう。 問い質すような真似はすまい。今日ばかりは。 黒ずくめの衣装を脱がす手伝いくらいは許されるだろうから。 −了−
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