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ちょっとPC借りますねと和希は、何故か人の部屋に押しかけてきてさっきから熱心に画面に見入っている。 仕事なら自分の部屋でやれと言ってやるのだが、後ろから覗き込んでみれば、和希が見ているのはどうやらネットショッピングの頁らしい。 画面には『春のイチゴフェア』の文字が踊っている。 「――中嶋さんはどれがいいと思います?」 これと、こっちと…と、和希が画面をクリックして背後で観察中の英明に意見を求めてきた。 「…どれも同じに見える」 「違いますよ。こっちはイチゴのチーズケーキワッフルで…」 うっかり話に乗ってしまったばかりに、和希のスィーツ講釈を滔々と聞かされるはめになった。 「男のくせに甘いモノ好きとはな」 「時代錯誤な発言ですね、中嶋さん。でもこれは、うちの…あ、職員たちにホワイトデーのお返しなんです」 「…マメな上司だな」 「そりゃあ一応、イベントごとはきちんとしておかないと」 「評判に差し障る、か。お前も案外小物だな」 「そういう言い方は…、――あ、やっぱこっちがいいかも…」 ぼやきつつも、視線は画面から逸らされることはない。和希が表示させたのはなんとワッフル100個入り。見ているこっちが胸焼けしそうだ。 「小さいサイズですからね。女の子はこれくらい普通ですよ。ひとり三個はいけるでしょう」 即断即決で、和希はさっさと申込み画面を呼び出している。 「あ、中嶋さんも何か注文します?ついでに」 「…それは嫌味か?それとも催促か」 「えー深読みしすぎですって」 先月のバレンタインにこの男からもしっかりチョコを押し付けられた。無論、お返しなど端から頭になかったが―― 「何が欲しいんだ」 「えっ?」 そこで和希は初めて振り返り、椅子の背もたれに手を置いて背中に覆い被さるように身を乗り出している英明の顔をしげしげと見上げた。 「お返しを寄越せと言ってるんだろう?何がいいんだ」 「え、えーと…そうですね。うーんと、じゃ、じゃあ…愛の告白とか…?」 「…血迷ったのか」 「な…っ、中嶋さんが訊いたんじゃないですか、何が欲しいのかって」 「それがネットで買えるならな」 「なんですかケチ臭い。年に一回くらい言ってくれても罰は当たりませんよ」 減らない口だ。伊達に世界的企業の看板を背負ってはいない。 「……必要があればな」 「なんですかそれ、十分今必要ですよ」 「それが俺が決めることだ」 「全く――」 和希はふっと吹き出すように笑ってみせると、くるりと椅子ごと回転させ、改めて英明のほうへ向き直った。 両腕を伸ばし、英明の首に絡めて引き寄せる仕草をする。 抗わずに身を屈めてやると、和希は耳元に口唇を近づけてきた。 どこか幼さを残し、それでいてぞくりとする魅惑的な声でもって、 「言わないとお仕置きですよ…?」 「――」 英明のお株を奪う発言に今度はこちらが微苦笑し、この男も言うようになったものだと妙な感慨を抱いた。 すでに先輩後輩の間柄ではなく、理事長と生徒、でもない。枷の外れた和希は以前よりずっと面白い存在になった。 「いいだろう、お仕置きされてやる。特別にな」 しなだれかかってくる細みの肢体を抱きかかえてそのまま持ち上げる。 不安定さから英明の首元に慌ててしがみついてくる和希を無造作に担ぎ上げた。 「俺の部屋と、お前の部屋。どちらがお望みだ?」 答えがないのは依託だと受け取り、和希を抱え上げたまま自分の部屋を出る。 「――キッチンでも、風呂でもいいぞ?お前のお望みのままに」 それじゃあすでにいつもと同じですよ…?なんて抗議の声が聞こえてくるような、春まだ浅き新居の夜。 −了− 【アンケ御礼】2012 monjirou |