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中嶋さんに望むこと? …うーん、たくさんありすぎる。 いや、結構本気だけど。 敢えて挙げるなら、そう…たまにでいいから歳上扱いしてもらいたい。 理由――? それはもちろん、日頃の扱いがぞんざいすぎるから。 敬えって言うわけじゃない。 「――だがお前は、立場が立場だ。中途半端な態度では余計にストレスになるぞ」 中嶋さん…訊いてたんですか? 「俺にどうして欲しいんだ。敬語ででも話せと?」 思うんだけど、中嶋さんは授業中などどうしているんだろう? 教師にはそれなりの対応を、それもそつなくこなしているんだろうか。 態度だけなら、中身が伴わなくても誰も文句は言わないからな。 あ、今度公開授業とか称して、中嶋さんのクラスの授業を録画したらどうだろう。 アルティメットクラスの様子を情報公開する機会だし。 「何をよからぬことを企んでいる」 いいえ、別に?なにも? それより、本気で言いました?敬語で喋ってやるって。 …何です?その渋い顔。 俺は無理だと思いますけどね。賭けてもいいですよ? 「お前は本当に、俺を挑発するのが好きだな」 挑発?まさか。 「まぁ、お前のおふざけに乗ってやってもいい」 え。本気ですか? 「もちろんだ。ただし、俺が勝った場合は…覚悟しておけ、色々とな」 いいでしょう。俺が勝ちますから。そのときには、あれこれ命令を聞いてもらうことになりますから。 ふふふ、と互いに含み笑い。当たり前だ。今度ばかりは負ける気がしない。 「なまえ」 ところで、と英明が声音を変えた。 「敬語なら、お前のこともそれなりに呼ばなければならないが」 「それなり」 「希望があるなら今のうちに申告しておけ」 「はぁ…」 いきなりそう言われてもな、と和希は片頬を掻く。 「まぁ…中嶋さんの呼び易い呼び方で構いませんが」 「歳上扱いされたいと言い出したのはお前だろう」 「えー…」 そうやってごねる作戦か?と穿ってみるが、普段通りの「お前」だとか「遠藤」とかでは確かにおかしい。 「希望がないなら理事長だな」 「ちょ…、役職絡みは余り…」 「だったら希望を言え」 「普通に、さん付けでいいかと」 「なるほど、遠藤さん、か」 「――」 改めて呼ばれるとものすごい違和感がある。 もし英明が、単純に割り切って敬語で接してくるとしたら和希の負ける可能性が高まる。 全く表情を変えることなく冷静に、ただ任務をこなすことが――この男には容易いと知っている。 「では――“遠藤さん”始めるとしましょうか」 ニヤリと笑って見せて、更に和希の動揺を誘う。 ここは非常手段で逃げるべきか。 だって想像以上に違和感が強くて、その…気持ちが悪いレベルだ。英明が敬語でって。 黙っていれば勝てるはずのゲームで不戦敗なんて事態は避けたい…が。 「どうかなさいましたか、遠藤さん?…むしろ、和希様、のほうがよろしいですか?」 「………」 これはもう、敬語で話している…というより、誰か別人格…例えば秘書を演じている、というほうがしっくりくる。 それって何か、本来の目的とは違う…ような。 「中嶋さん…一時休戦しましょう」 「なんだ、もうギブアップか」 「休戦ですって。――大体…馬鹿丁寧に話しているだけで、歳上扱いされている気がしませんよ、ちっとも」 「…お前のその優秀な頭脳はお飾りか?」 「え?」 「お前自身が俺を歳下扱いしないくせに、どうやって歳上扱いしろというんだ」 「あ、まぁ…」 和希がまたいつもの癖で、頬をかりこりと掻く。英明の言うのも尤もだ。 「わかっているなら答えはひとつだ」 「…なんですか?」 「"英明"」 「――っ」 「言葉に詰まるほど、汚らわしい名か?」 卑怯者!って叫び出したかった。 歳下扱いしろ、で名前で呼べって、これじゃあ全く立場も状況も逆じゃないか。 「ひ…」 「ひ?」 「であき…」 「妙なところで区切るな」 微苦笑と共に、和希の頭を胸に引き寄せる。 「もうちょっとマシになるよう、じっくりと練習して頂きましょうか、和希様?」 含みのある言葉が、その後どんな風に実行されたか…は、余りに恥ずかしいので早々に記憶から退散してもらった。 「甘いもの」 結局賭けはどうなったんだっけ。 一時休止のまま放置…のような、でも英明は、その後ベッドの中でもきっちり敬語を貫いて和希を翻弄し、…これでもかというほど煽った。 『――さて…どう致しますか、和希様』 『んな意地の悪…っ、あ、』 『きちんとご希望をお伝え下さらないとずっとこのままですが――、構いませんか?』 『や…ぁもっ、お願……い』 英明、と呼ぶことと、それから、口に出すのも恥ずかしい"お願い"を強いて、それがまた丁寧口調だから余計に… あ、思い出してしまったじゃないか…。 歳上扱いじゃなくて、単なるプレイだ。ああなると。 枕から、気怠い頭をどうにか持ち上げて隣のスペースを視たけれど、いつの間に消えたのか気づきもしなかった。 英明が、居ない。 冬休み期間中だからって呑気に寝ている場合でもないのだが、仕事は山積みだし、もうじきセンター試験だし。 なんだけど――とてもじゃないが今は、起き上がる気力もエネルギーもなかった。 どれだけ好き放題させてるんだ、自分は。 甘やかしている…。それってやっぱり英明が自分よりも年若だから、か? 「………」 何だか少し違う気もする。 英明のあれは、単なる傍若無人で、歳上だろうが歳下だろうが関係ないんじゃないか。 全身の重いだるさに耐えつつ、寝返りを打った。 「――起きたのか」 「…中嶋さん」 「………」 「……英明――、さん」 「さんは余計だ」 単に視界に入らなかっただけなのか、何処からともなく現れた歳下の情人は、ベッドに近づくとペットボトルを差し出した。 ゲロルシュタイナーは、学園の自販機には置いてないはずなのに、どこから手に入れているんだろう… そんなことを思いつつ、何とか上体を起こして、英明がよく口にしている炭酸水を受け取った。 「ありがとう…」 名前で呼べっていう無言の圧力にも、徐々に馴染んで来ている気もする。 それを理不尽と受け取るべきか、否か…。 だって、いくら和希が名前で呼んだとしても、英明の和希に対する扱いが変わるとは思えない。 それならば。 「――英明」 「なんだ?」 「ひとつお願いがあるんだけど」 「何なりと」 ベッドの端、和希の足元に腰を下ろした英明は、シャワーでも浴びたのかまだ髪が生乾きで、いつものようにきっちりと撫でつけられてはいない。 こうしてみるとやっぱり若い… 「――どれだけ厄介なお願いだ?」 見惚れている場合じゃなかった。 口に出し辛く言い淀んでいる――と、余計な誤解を招きかねない。 「あーあのほら、もうじきクリスマス…だし、一緒にケーキでもどうかなって」 「……甘いものは好かないことくらい、お前も知っているだろう」 「知ってるけど、シュトーレンくらいなら大丈夫かなって。歳上の頼みは無下に断るものじゃないん…じゃない?」 あぁ言葉がもどかしい。啓太を含め、同級生と話すのとは違うし、まして部下達と会話するのとも違う。 「シュトーレン」 「ドライフルーツの入ったパンみたいな、ドイツの…」 「ああ…。そうだな、アルコール付きでなら考えてやってもいい」 「未成年が何を」 「保護者もいることだからな」 「俺は認めません――あ。」 習慣って恐ろしいものだ。つい敬語が口をついて出た。 敬語をやめることイコール歳下扱い、とは違うと思うけれど、やっぱり英明はふたつ上の先輩というポジションが一番しっくりくる。 …気がする。慣れ、が勝っているとも言えるが。 「中嶋さん、この間のお話は撤回します。中嶋さんに――歳上扱いされるって、俺自身に違和感があるし。でも」 「でも?」 「たまにはその…俺が歳上だって思い出して、我儘聞いてください、ね?」 「年寄りを敬えということだな」 年寄りって…と和希が憤慨しつつ、それもある程度は仕方ないのかもと、つい甘い顔をしたくなるのは、 和希本人も与り知らぬところで、英明を歳下と認識している…からかもしれない。 「他ならぬお前のたっての願いだ。今回は他の甘いもので妥協してやろう」 「他、って」 濡れたままの髪に官能的な香りを纏った歳下の男は、ぽかんとする和希の手からペットボトルを取り上げると、 まるでそれが定まってでもいたかのように、ゆっくりと上体を近づけてきた。 「――」 和希が何か言おうとするのに先んじて、英明がキスを仕掛けてくる。 蕩けそうなキス。 そんなだから、どっちが歳上なんだか益々判らなくなるんだって。 いつか…機会があったら訊いてみようか。 ――中嶋さん、本当は歳いくつですか…って。 −了− 【アンケ御礼】2011 monjirou |