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ふたりで人ごみを往けば、必ずと言っていいほど投げつけられる好奇の視線。 すれ違う人々はもれなく、和希の隣を歩くその人に眼が吸い寄せられるよう仕組まれているらしい。 ぽかんと口を開けたままだったり、不思議なものでも見たかのように幾度も瞬きしてみたり。 一番多いのは若い女性たちの、色とりどりの熱視線か。 初めのうちこそ和希もその不躾な眼差しにいちいち反応してきょろきょろしていたものの、そのうち気にならなくなった。 気にしていてもキリがない。当人は無論、端から歯牙にも掛けない――大物の風情で我関せずと先を行く。 「――カッコいいのは今更ですもんね」 「……何か言ったか」 「いいえー?、独り言です」 せっかく久々に島の外でのデートなんだから、余計なことは言わない。 少し先で立ち止まり、振り返って和希を待っていてくれるその人まで、小走りに駆け寄った。 とはいえ、気になる人たちの気持ちも理解る。 並の業界人なんかより余程眼を引く、完璧に近い容貌とスタイルと、滲み出るような艶やかさが、嫌でもそちらに視線を惹きつけさせる。 それはもう、ほとんど不可抗力に近い。 「中嶋さんって、」 「…なんだ」 「あー…」 ――いくつ位からモテるって気づきました? …これはさすがにストレートすぎるか。 ――他人から見られるのってどうですか? …下手な嫌味みたいだな。 ――モテていいですね。 …別に羨ましくはないしな。 つい何となく思いつきをぽろっとこぼしてみたものの、和希の言葉を待っているその人に対して素直に質問をぶつけるのは躊躇われた。 「中嶋さん、って、えーと、どうしてそんなに恰好いいんですかね」 「………」 沈黙の後、相手は和希の顔をまじまじと眺め遣り、真面目くさって意外なことを口にした。 「それはお前の思い込みじゃないのか?」 「え?」 「惚れた欲目だ」 表情も変えずにそんな世迷言をさらりと言葉に出来るのもどうなんだろう… 「まぁそれも否定はしませんが…、あくまでも客観的な話ですよ。歩いているだけで、中嶋さんのこと何人が振り返って見ていたか…」 関心はなくても、気づかないわけがない。 あからさまな視線以外にも、写メを撮らせてくれだとか、以前にはもっとわかりやすいナンパだってあったし。 「俺が知らないだけで、中嶋さんが独りで居たらきっともっと多い…」 「お前は」 「はい?」 「…なんでもない。お前は独りで外出などしないんだろうからな」 「えっ?」 和希の話を遮っておいて、英明はふっと言葉を飲み込んだ。 たまに啓太と買い物に出掛けることはあったが、最近は忙しくてそれも遠ざかっている。 ――確かに、独りでは皆無と言っていい。 仕事で街を歩くことはないし、あったとしても常に誰か傍にいる。 …でもそれがどうしたって言うんだろう? 「中嶋さん?どう…」 「どうもしないが――ただ、己を知らないというのは案外間抜けなものだな」 「意味が解りませんが」 「ああ、そのほうが幸せだろう、お前にとっては」 ?が3つくらい頭の周囲を回っている…気がする。 促されて再び歩き出したものの、どうにも納得いかずに立ち止まる。 でもそれだと単に意味不明な行動にしかならないので、何気なく提案してみた。 「中嶋さん、お茶でも如何ですか?」 「……食事に来たんじゃなかったのか」 「あ、はい…じゃ、少し早いですけど行きましょうか。――何かご希望は?」 「辛いもの」 「好きですね、相変わらず。…それなら中華…あ、グリーンカレーは?」 「そうだな…」 ふと気づくと、曖昧に返事を寄越した相手は、何度目だろう、和希の表情を追うように凝視していた。 「な、かじまさん…?」 普段、大抵のことには動じないよう育てられてきた和希も、こと英明に関しては別格で、 さっき言った通り並じゃない艶やかな容貌に見つめられる…と、尋常じゃなく緊張する。 要はドキドキするってことだ。 毎日会話していても、そればかりか、素に返れば羞恥で顔から火が出そうな――行為をしていても、未だに慣れない。 中嶋さんが恰好よすぎるから――そんな風に責任転嫁したくなるほどに。 「そんな表情を見せると、益々注目されるぞ」 「な…何の…、大体、注目を集めているのは中嶋さんであって俺じゃな…」 「どう判断しようとお前の自由だが、…賭けるか?」 「――その手には乗りませんよ!生徒の規範となるべき貴方がそんなだから、学園のギャンブル好きな傾向がいつまで経っても…」 なかなかお目にかかれないような美丈夫ふたりが、やいやい言い合いながら愉しげに去って往くのを、 世間と言う名の通りすがりの人々、特に妙齢の女性らが――何とも悩ましげな視線で以って見送っている。 溜息と共に眼福…などと囁かれているなどとは、当人たちの与り知らぬこと。 −了− 【アンケ御礼】2012 monjirou |