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+Nakakazu lovelove promotion committee+ |
「物欲にまみれてはいないが、所有欲ならいくらでも」 それって…どういう意味だろう。 話は数ヶ月前に遡る。 バレンタインデーの少し前。 「中嶋さん、チョコはお嫌いでしょうから、他に何か…欲しいものはありませんか?」 そう訊いた答えがそれだった。 つまり、物は欲しくないと。でも…? 所有欲――というのは一般的には、ちょっといい車に乗りたいとか、家を持ちたいとか――そんなところだろう。 で、あの人は一体何を所有したいんだ? 大いなる謎を残したまま、副会長は学園を卒業していってしまったので、和希は折につけ思い出しては首を捻っている。 ただし、悩んでいるわけではない。 わからないことを放置しておくのは、和希の性格上気持ちが悪い…というだけ。 話を大きくしたのは、この春2年に進級して、背も少し伸びた幼なじみだった。 「それってさ、中嶋さんは和希のことが欲し…好きってことじゃないの?」 何も紅くなることはないと思うのだけど、啓太は興奮気味に身を乗り出した。 繰り返すが、別に悩んでいたわけじゃない。だから、わざわざ相談を持ちかけたわけでもない。 何となく話の流れでそうなって…すぐ恋愛方面に話を持っていきたがるのは、やっぱり若いって証拠か。 「それは…ないと思うよ啓太」 「えーそうかなぁ?」 「そもそも2月の話だろ。もう3ヶ月も経ってて、何の音沙汰もないし」 「そうなんだ?中嶋さんなら、狙った相手は速攻で落としそうだもんなー。和希が理事長って知ってたから、遠慮したとか…」 あの人の性格を見る限り、それはありえないだろう。 MVP戦がきっかけで立場がバレてしまった後も、一切態度に変化がなった。見事なほどに。実にあの人らしい… 「じゃあさ、和希はどうなの?」 「どうって、何が?」 「中嶋さんのこと、その…好きとか」 「それもないって」 「でもチョコレート、バレンタインに…」 「あれは、啓太にもあげただろ?王様にも篠宮さんにも女王様にも渡したし」 お世話になりました、な意味合いが強い物だった。 それでも啓太はなにやら考え込む表情。なんとしても前副会長と和希をどうにかしたいらしい。 「――中嶋さんに直接訊いてみたらどうだ?」 「訊くって何を?」 「だからー、和希のこと好きかどうかって」 「ちょ、啓太っ!」 相手が大事な幼なじみなだけに、強く出られないのが痛い。 「だって気になってるんだろ?和希も。中嶋さんの言葉」 「………」 なんと答えたものかと思案していると、啓太のポケットで携帯が鳴った。 新学期から正式に学生会執行部メンバーとなった啓太は多忙らしく、 呼び出しに応じて昼食もそこそこに、ばたばたと駆けて行ってしまった。 正直、ちょっとホッとした。 どうしても啓太には弱い我が身を自覚しているから、訊こうと言われたら強くは引き止められない。 気を取り直して残り少ない昼休み、ランチの続きに取り掛かろうとしたところで、今度は和希の携帯が震え出した。 表示された名を見ても、俄かには信じられなかった。 「――も、しもし…?」 『…俺だ』 「は…い、お久しぶりです中嶋さん」 『仕事中なら掛け直すが』 「学園のほうです。今、昼休みで」 『――あぁ、手短に済ませる』 啓太に妙なことを吹き込まれた直後というタイミングでの電話に、もやもやと考えが暴走して、 英明が何か告げている言葉が半分も頭に入らなかった。 どうやら連休中に学園に来る用事があるので、時間があるなら空けておけと――そんな風に言われた気がする。 「……和希?」 「え?あ?なんだ?啓太」 「なんだじゃないよ、授業終わったって」 「え…」 辺りを見渡せば、講義室にもうほとんど級友は残っていなかった。 「和希、午後の授業全然聞いてなかっただろ。具合でも悪いのか?」 「う、ううん。なんでもない…」 よく注意されなかったものだ。教師も少し怠慢じゃないだろうか。新学期早々――と自分を棚に上げて憤る。 「仕事忙しいのか?あんまり無理するなよ、もう」 「うん、ありがと啓太」 和希は完全に学生会の手伝いから手を引いたので、放課後は完全フリー。部活に顔を出す日を除けば、サーバー棟に直行出来るようになった。 が、今日は全く使い物になりそうもない。たかが電話の一本で、だ。 和希に用があるって、わざわざ問い合わせて予定を訊くほどの? 電話で言えないような? 一体何? 考え出すとキリがない。 まさか啓太の言葉を真に受けたわけでもないが、もしかして?なんて思ってみたりして。 ありえないとはわかっている。そんな筈がないことくらい。 でも――そう考えてしまうということは――心のどこかでは期待している? そんな馬鹿な。 ああ、頭がぐるんぐるんする… その日の内にもう一度英明から連絡があった。都合はどうかとの問い合わせ。 「――その日でしたら、午後からなら何時でも構いませんよ」 『そうか、わかった』 「あの…」 『なんだ?』 「…何か、大切な用件なんでしょうか。改まってその…」 二度目の電話で、表面張力ギリギリで持ちこたえていたコップの水が、溢れて零れた。 余計かもしれないことを訊きたくなったとしても、致し方ない…と思いたい。 『………そういうわけでもない。ついでに理事長の顔でも拝んでいこうかと思ったまでだ』 「あ、そう…なんですか…」 『――というのは建て前で、お前に重要極まりない話がある』 どっち!? …というか完全に揶揄われている――ことにやっと気づいた。 『そう構えるな。当日になればわかる』 「却って気になりますよ…」 『今言ったほうがいいならそうするが』 「――…っ、いえ、どうかお気遣いなく」 くっと笑いを押し殺す気配がした。 馬鹿みたいじゃないか――いや、むしろ馬鹿なのか。どうしてこんなに落ち着かず、わたわたしているんだろう? そこがまずわからない。原因が掴めないと、冷静にもなれない。 そのまんまの心理状態で、約束の日になった。 サーバー棟に籠り仕事に没頭していると、昼前に携帯が鳴った。 モニタに集中している間は、他のことを考えずに済む。雑念も湧かない。 「――はい」 『俺だ』 「あ、えーっと、もう御用はお済ですか?」 『………ああ。お前のほうはどうだ』 今の間は何?――そういえば英明のメインの用事って、何だったんだろう。 「いつでも出られますよ。今サーバー棟なんですが、こちらへ来られますか?」 『お前、昼飯は』 「まだですが…中嶋さんは――」 『俺もまだだ。ああ――面倒だ、一旦そっちへ行く』 「あ、ハイ」 訊き合うばかりの会話がまどろっこしくなったのだろう、一方的に電話は切られて、実にあの人らしいと思うと同時に、 心拍数が急上昇し始める。 わたわたと焦りながら机の上を片して、退出する準備をしていると、早々に英明が階下へやってきた。 今日はほぼ無人のサーバー棟だから、受付で出迎える人間も居ない。 急がないと――でも、英明の用件が重要な話なら、人が居ないほうがいいのか? もちろん頭の中ではきちんと認識できている。告白なんかでないことくらい。期待だってしていない。 そもそもその必要が――ないのだから。 エントランスに待たせていた相手に連絡を入れ、ドアロックを解除した。 理事長室のあるフロアは生体認証式なので、エレベーターの前で相手を待つことにした。 不思議なことに、招き入れる作業をすることによって、自分に言い聞かせたわけでもないのに、徐々に気持ちが落ち着いてくるのがわかった。 やがて扉が音と共に開き、客人を運んできた。 「――お久しぶりです、中嶋さん」 卒業式以来だから、顔を見るのは2ヶ月ぶりだった。 私服というのも手伝って、以前より美丈夫っぷりが上がっている気がする。 「ああ…邪魔する」 緊張はするものの、いざ本人を眼の前にしても平常心に変わりはない。それで気づいた。 落ち着いていられるのはここがおそらく和希の職場であり、テリトリーだからだ。 来客用のソファを勧め、自らも向かいに座った。コーヒーでもと水を向けたがやんわり断られた。 そうするともう、こちらからは何も言い出せない。 話があると言ったのは英明で、促すわけにもいかないのに、相手は押し黙ったまま、ただじっと和希を見ていた。 在学中、多くの生徒が竦み上がったであろう、闇色の冷たい瞳。 「あの…」 「――何の用だと思った」 「え…っ?」 「電話でわざわざ都合まで訊かれて」 「え、えーっと…、特には何も…?」 「一切何もか」 「ええ、はい」 「そうか――」 少し後ろめたい。冷ややかな視線から逃れるように、さりげなく眼を泳がせた。でも本当のことなど言える筈も――… 「それなら話は終わりだ。――飯はどうする」 「え?えっ…?」 英明はいつもの無表情を保ったまま、すっぱりと言い切って和希を置き去りにする。 「どうし…何か大事な用件だったのでは」 「ああ、どうやらそうでもなかったようだ」 「ようだ、って」 長い脚が、テーブルを挟んだ向こう側で立ち上がるのが視えた。 これ以上話を続ける気はないとアピールする相手に追い縋るのは妙なことかもしれない。 でもここではいそうですかと引き下がれる性格では――ない。 「中嶋さん」 「…お前が何も考えなかったというなら、俺もそれ以上は話すことがない」 「それはどういう…」 「勘のいい人間なら、話があると言われておおよその見当がつくものだと思うが。俺はお前を買いかぶり過ぎていたか」 いつもの軽口には違いないのに、そう聞こえない。無毒化されているような… 和希に向けられた複雑な眼差しに、全てを悟った。 「あー…」 啓太を笑えない。言われた通りだったなんて、そんなこと。 若干浮き気味だった腰が、すとんとソファに戻っていった。 片手で額を覆ったのは、とても合わせる顔がなかったからだ。 「――別にお前が気に病む必要はない」 忘れろって…声が聞こえた。 啓太はこうも言ってたっけ。「和希の正体を知っているから遠慮したんじゃないの」って。 ありえないと言い切ったのは、他でもない自分だった。 英明の――眼の前の人の性格から言って、それは今でも信じ難い。寄せられた不確かな感情よりも、ずっと。 「どうして…」 気づかなかったんだろう――でもそう思うことは、一方的で傲慢な感情だ。 「――どうして?…俺には、お前の態度のほうがよほど理解不能だが」 理事長室のフロアは絨毯敷で、足音はほとんど響かない。 英明はテーブルをぐるりと回って和希の側まで来ると、背もたれに手を置いて、すっと腰を屈めた。 「下手な憐憫は命取りになりかねない…と、わかっているのか」 「憐憫…」 気づかないでいたことを申し訳なく感じはした。同情というよりも、己に対する歯がゆさのほうが強い。 もし本当に、この難しい人が和希のために今まで自分を曲げていたというなら。 「――中嶋さん…」 頭を上げて、その人をひたと見据えた。 「俺のこと…、好きですか」 ここまで直球で訊かれるとは思っていなかったのだろう、能面が僅かな変化を見せた。 「…お前が欲しいと言った覚えなら、ある」 「………普通、わかりませんよ。そんな回りくどい――所有欲がどうのなんて」 英明は益々憮然とし、眉根に深々と皺を寄せた。 いつもなら3倍返しの嫌味パターンなのに。 「お前はさっきから、何が言いたい」 「――もう一度初めから…一から仕切り直したいです。気づかなかった鈍い俺も悪いし、中嶋さんも遠まわし過ぎたってことで」 「………」 他人に主導権を握られるのを好まない、そんな人がどう反応するんだろうと、興味深く答えを待った。 「その発言、本気か?」 「冗談でそんなこと言いませんって」 「…面白い。後から取り消せと言っても聞く気はないぞ」 ふっと眼の前が影になって、端正な顔が近づいてくる。 英明にとってのリスタートは、どうやらこういう形…らしい。まぁいいか、と眼を閉じてみる。 あ、そうだ。啓太には何て報告しよう…か。 呆れる顔が眼に浮かぶようだ。 −了− 【アンケ御礼】2011 monjirou |