:第32回アンケート:

【今、なに着て寝てますか?】


1位 浴衣:共通 (13票)

2位 英明のTシャツを借りる:和希(10票)



投票、また、コメントありがとうございました〜










シャワーを借りてバスルームから出――正確にはドアから顔だけ出して、そっと室内を見渡した。
部屋の中はしんとして主の姿は見当たらず、心なしかホッとして、和希はぽてぽてと部屋の中央へ向かった。
肝心のその人が何処へ消えたのだろうかともちろん気にはなったが、それより先に何か身につけないと落ち着かない。
バスタオル一枚纏っただけの恰好では、いくら他に人がいなくても不安が先に立つ。


けれど、何処を見渡してもさっきまで身につけていた自分の衣服が見当たらない。
ベッドの周囲に脱ぎ散らかされていたはずが、見事に一切なくなっている。
それどころかベッド上の乱れた痕跡も消え、和希がこの部屋を訪れたときと寸分変わらない。
ただ、シーツの上に洗濯済みと思しきTシャツが簡単に畳まれて置いてある以外は。


――着ろってこと…か?


濃紺のTシャツを手にし、ほんの少し躊躇う。
本当に何処へ消えたんだろう――自分の着ていたシャツやパンツ、そしてこのTシャツの持ち主は。
諦めて袖を通し頭を出してみたが、身長は僅か数センチしか違わない相手のものなのに、不思議なほどサイズに差がある。胴も首もぶかぶかで、落ち着くには程遠い。


下着は…無論ない。
そもそも他人に貸すものでもないし、それこそサイズが決定的に違うから文句は言わないが、無防備で下半身がすかすかなのは随分と心許ないものだ。
着替えを自室に取りに戻りたくても、この恰好では…


どうするものなんだろう、こんな場面、こんな場合。。
相手の部屋に泊まったりして…その後。世に五万といるはずの…恋人同士と呼ばれる人たちは。
生憎と、自分の物品を他人の部屋へ置くほどの親密さはふたりの間にまだない。
遠慮ではなく、距離の問題。何せまだ…




「…あ」


部屋のドアが前触れもなく突如開いた。無論鍵を開けたのは想像する人以外の誰でもなく、その不躾なまでの視線が和希の存在を確かめるように向けられるのを察し、


「あ、あの、Tシャツ――お借りしました…」


慌てて承諾を求めると、返ってきたのはひと言「ああ」とだけ。


「………」


部屋の空気を言い表すなら、気まずい、以外のナニモノでもない。
英明は、部屋の真ん中で突っ立ったままの和希の傍まで来ると、お茶のペットボトルを無言で差し出した。


「えっ?」


どうやら飲めということらしい――推測して受け取ろうとすると、


「お前…」
「はい?」
「頭を拭くのもいちいちメイドか誰かにやらせるのか?」


え?と固まって、だがすぐに、シャワーを浴びてからロクに乾かしもしないで放ったらかしの髪への遠回しな指摘だと気づいた。


「ち、小さい頃は…そうだった気もしますが」


何気ないフリを装い、タオルでがしがしと乱雑に髪の雫を拭った。


「あの、中嶋さん」
「ん?」
「…俺の服――って」
「ああ、直に乾く。しばらく待っていろ」
「へ?」


洗濯機に放り込んできた、と事も無げに告げられ、寮のランドリールーム備え付けの洗濯乾燥機の中でごうんごうんと回っている己の汚れ物を想像して絶句した。


「す、すみません…」


他に何も言えない。こんな状況は"一般的"の範疇に入っているのだろうか?まさか…


幾重にも積み重なった恥ずかしさから、堪らなくなって思わず眼を逸らす。
とてもじゃないが、まともに顔なんか見られない。


この人と、そういうこと…になったのは実はまだ2回目。
2度目なんて、初めてとそう変わらない。しかもまだ陽の高い時間になだれ込んでしまったことが歯痒さに拍車をかける。
終わりかけの夏休み。寮に戻ってきている顔もまばらな、空席の目立つ食堂でランチの最中、声を掛けられた。
「暇か」って。
向こうが始めからそのつもりだったのかどうかは――和希の知るところではないが、結果的にはそうなっていた。
心の余裕というか準備もなく、ひたすら焦るしか能のない相手に向かって、その割に盛り上がっていたなとあの人が微笑って――いたことを今まざまざと思い出した。


そんな遣り取りのあった直後に、まともな対応などどうして可能だろう。そんな野太い神経は持ち合わせていない。
ましてや、甘い空気のあるわけでもなく。


「――退屈そうだな」
「…っ!」


無防備に漏らした溜息は、ベッドに腰を下ろした相手の耳に届いたらしく、和希は突っ立ったまま思わず相手を振り返った。


「そろそろ俺に飽きてきたか」


本気で訊いているわけじゃない、きっと。そう思っていても、すかすかする腰周りと同じくらい心許ない気分にさせられる。


「そんな、ことは…」


晴れない顔色に説得力のあるはずもなく。


「ならなんだ?仕事が気がかりか」


いいえの代わりに首を振った。


「天下の理事長の悩みなど、庶民の俺には想像がつくはずもない、か」
「――」


含みのある物言いで、英明は左手をこちらに向けて差し伸ばした。
無理強いされるのでなければ、拒む理由などない。
高々1mほどの短い距離を、普段意識することなどほとんどない自分の身体の重さを両脚に実感しながら進んだ。
英明の前で立ち止まると、ベッドの端のその人はゆったりとした仕種で両腕を広げ、和希の腰を包むように抱える。
膝の間で和希の脚を挟んでしまえば、簡易式の枷の出来上がりだ。


たったTシャツ1枚の姿は、自分が酷く弱々しい生き物に感じられるから、益々視線を受け止められない。


「何か俺に言うことは」
「……貴方に、ではなく――俺がその…なんと言うか」


英明の無言の促しは、雄弁な言葉よりずっと効き目がある。


「――俺…変じゃないかなって」
「どの辺りが」
「あえて挙げるなら全部…です」


ひたすら自分を持て余している。でもそれをどう伝えたらいいのかも分からない。この人に分かってもらえるとはとても思えない。


「確かに、全裸にTシャツ一枚の変態理事長など、前代未聞の醜聞だな」
「………」
「その恰好で理事長からの挨拶でもかます気なら別だが、お前の前にいるのは俺だけだ。気にすることはない」


計画的としか思えないのだが、その微妙なフォローに、丸め込まれるのも悪くない気がしてくる。
これ以上考えていても、結論が出ることはない。それだけは分かっているから。


「お前は確かに優秀だが、出来がいいばかりでは面白みもない」
「…は?」
「欠けたところがあればそれだけ人間味も増す」


…急に何の話?


「なんだ、違うのか」


――違うって何が??


思考をさ迷わせる和希を見越して、そのひとは事も無げに続けた。


「お前がさっきから、うだうだと落ち込んでいる理由だろう?」


ニヤリと人を喰ったような笑みは、もはや英明の定番と言ってもいいが、このときばかりはさすがに流してしまえなかった。


「どうして」
「…ん?」
「どうしてそんな、全部分かってるみたいに言う…」
「――経験の差だな」


軽口を飛ばすなり、和希の際どいTシャツの裾のラインにそろりと手を添わせた。


「ちょ…っ!」


条件反射でばっ!と前を押さえ込んだが、明らかに面白がっている相手は、


「こんなに理解りやすいのに、お前はまるで理解っていない」


一体どう繋がるというのか、どうだ?と体現するように、英明の手がガードの手薄な背後からするりと中に潜り込んで、背中と腰の境目辺りを柔々と撫でる。
必然的にTシャツは捲り上がることとなり、


「ですから…――んンッ!」


とんでもない状況と、意味深な発言とに気を取られていると、今度は項を強引に引き寄せられ、あっという間に口唇を奪われる。
生温かい生き物が口腔内を我が物顔で蹂躙していく。
ワザと粘着質な音を響かせて、聴覚からも和希の反応を引き出そうとする。
同時に前に回った指が、突起の先端を探し当ておもむろにきゅっと摘み上げた。


「ァ…あっ!」


途端にバランスを崩して、英明の両肩に手をついた。
こんなキスにも全く慣れていない。圧倒的な経験の差。
息が上がる。眼を逸らしたのは、やっぱりどんな顔をしたらいいのかわからないから。


「――普段のお前からはまるで想像もつかないな」
「なん…?」


揶揄う声に抗う気力もとうに殺がれて、背中をいやらしく撫で回す手をむざむざと許している。
素直に英明の胸に崩れ落ちてしまえばどんなに楽だろう。それを押し留めているのは、何…


「力を抜いたらどうだ」
「――」
「冷静な分析はお前の取り柄だが、意地を張ってもいいことはない」


苦しいだけだぞ…?低音でそう囁かれると、己を全部投げ出してそそのかされてしまいたくなる。


「…っ意地なんか――」
「そうか…、そうだな」


くくくと喉の奥で微笑う声は、和希よりもずっと和希を知っているというニュアンスを含んでいる。


「だから、どうしてそんな風に…っ」
「どうしてわかるのか、か?」
「――」
「わかり切ったことを訊くのは野暮だと教わらなかったか」
「…えっ――?」




お前よりお前のことを分かっている理由などそうないだろう?と英明は意味深に囁き、和希の細腰を改めて引き寄せた。
さっきシャワーを浴びたのが嘘のように、もうそこらじゅうから汗が噴き出している。


勝利を確信した笑み…の前に、一枚余分な服を脱ぎ捨てた夏休み。
(おそらく)イレギュラーな、一日。





−了−





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