:第31回アンケート:

【七夕、短冊に願い事を書いてみました】


1位 「いつか、本音が聞けますように」和希 (17票)

2位 「禁煙してくれますように」和希 (3票)



投票、また、コメントありがとうございました〜




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梅雨の最中ではあったが、今日の空は曇天。降水確率はゼロとはいかないまでも、夜までは持ちそうな按配で、
元より余計な荷物など手にしたくない年頃の高校生男子2名は、もちろん傘など持たずに外出し、
今まさに降り出した雨に即時避難を余儀なくされた。


雨脚はあっという間に激しくなり、叩きつけるアスファルトに白い靄が立つような土砂降り。
歩行者も何処へ消えたのか、一瞬のうちに周囲から人影もなくなり、ふたりはとにかくひたすら走って、通りにあった公園の東屋へと逃げ込んだ。
通り雨とするにはあまりにも容赦ない雨音が、東屋のカラーベストの屋根を叩く。


「はースゴイですね、ゲリラ豪雨ってヤツでしょうか」


育ちの良さが滲み出るような鷹揚さで、いささか呑気に空を見上げて和希が呟く間に、英明は着ていたシャツを脱ぎ、和希の頭をガシガシと乱暴に拭き出した。


「――わ…っ」
「あまり意味はなさそうだな」


この場所に駆け込むまでの僅かな時間で、ふたり共、頭から水を被ったように、シャツの下のTシャツもぐっしょりと濡れてしまっていた。


「あ、俺ハンカチ持ってま…」
「お前に風邪を引かせると、小うるさい秘書に文句を言われるからな」
「ぶっ」


あんまり真面目くさった顔で言うものだから、頭を任せたまま和希は思わず吹き出した。
相変わらず、冗談と本気の境目が見えないひとだ。
ふと眼を上げると、英明の眼鏡にも雫が滴っているのに気づいた。


「中嶋さん、眼鏡…」
「ああ」


わかっていると言う口ぶりで、けれど英明の手は休まず和希の髪や顔を拭い続ける。


雨脚は益々強くなったようで、すぐ近くを走っているはずの、通りの車の音さえここまで届かない。


「あの」


もう大丈夫ですからと声を上げ掛けたが、雨音に吸い込まれるように掻き消えた。
じっとりと重い雨が、英明の髪や肌や首元を濡らし、輪郭を銀色に縁取って、いつもよりずっと深い陰影を作っていた。
綺麗だ…と素直に見惚れて、眼がそこから離せなくなる。深い闇色の瞳もまた、レンズ越しに和希を見つめていた。


音もなく言葉もなく、ゆっくりと口唇が触れて、肢体は濡れそぼり冷たいのに、そこだけがひどく熱い。
雨は延々と、途切れることなく降り続いていた。他に生き物の気配さえない。
雨を切り取った屋根の下に、たったふたりだけ。ふたりしか居ないのに。


「――止みそうにないな。タクシーを呼ぶか」
「………」


ぎゅっと力を込めて、英明の濡れたTシャツを指先に握り込んだ。


「…どうした」


問う声が優しいから、余計に哀しくなる。自分ばかり好きなこと。片寄ったバランス。考えないよう努めていたものが、雨に流されて露にされる。
好きになって欲しいなんて、おこがましい期待を抱いてはいない。そこまで身の程知らずじゃない。


「いえ…せっかく七夕なのに、残念だなと」
「………」


他に何か言うにしても、もっとマシな話題があるだろう。後悔は、往々にして後からやってくるものだ。
口にした瞬間に身震いした。一方的な焦燥になど気づかない英明の口から、どんな辛辣な嫌味が降って来るのかと。


「案外――奴らも逢えずに清々しているんじゃないか?」
「え?」


――え? 今のは…七夕の主役のふたりに対してのこと…?
もちろん和希はそのつもりで言ったのだけれど、よもや英明がそんな返球をするとは、まるで予想していなかった。
くだらないと一笑に付すとか、いい歳をしておめでたい頭だと揶揄うとか――


「あー…そんなこと言って、逆に俺たちが一年に一度しか逢えなくなったら困ります…よ?」


どんどんと妙な方向へ話がねじれていく。そんなことを言いたいわけじゃないのに、何を言ったらいいのかわからない。
第一英明が困るわけもない。和希が居なくても――相手には不自由しない人なのだから。


「年に一度では、確実にお前の記憶から消えてなくなるだろうな。俺の存在など」
「な…っ」


全くもう、何がどうなっているのか。理解が及ぶ前に言葉が先に飛び出していた。


「忘れるわけないでしょう? 俺はそこまで薄情じゃない――」


つい我を忘れていきり立った和希を、英明は興味深げにじっと、観察でもするかのような視線で見つめていた。


「…だったら、不吉なことは口にしないほうが賢明だな」
「そ…ですよ、ね…」


穏やかに諭される…これは本当に英明なのか?と一瞬本気で疑いを抱いた。
絶句し、何故だか不意に、英明のこの珍妙さが大雨を呼んだのか?と、妙に納得がいった。


「…わかりましたよ。この大雨、中嶋さんのせいです」
「何」
「中嶋さん変ですもん。いつもと全然言動が」
「………」


あ、ムッとした? 少し考え込み、僅かの間の後、


「俺はいつもと変わらない。可笑しいのはお前のほうだろう」
「俺の何処が…あ、じゃあ試してみますか?」


ふんと鼻であしらい、端から相手にしないのが普段通りの中嶋英明という人間。


「――いいだろう、何なりと。お前の好きなようにしろ」


ほら、やっぱり可笑しい。


「そうですね…そう…」


何を提示しようか、具体的に試すとなると――、


「中嶋さんは…」


悩むまでもない。訊きたいことはひとつだけだ。


「あ、の…」


本当のところは、和希をどう思っているのか、と。


「………」


別に悪い答えだって構わない。はっきりさせておきたい。だがそれは、七夕の短冊には書けても、本人に直接――しかもこんな状況下で―― どさくさに紛れて訊いていいことなのかと、急に、判断に迷った。
躊躇いも、もしかしたらあった。好きになって欲しいなんて望まない冷静な自分、と、何処かで矛盾した想い。
本当は。心の隅では。


「――何を企んでいるのか知らないが、お前の考え通りに行くと、この雨はいつまでも降り続くことになるな」
「…えっ――あ」


試してみますかなんて、自信満々に宣言するときは大抵、自分の信念の揺るぎないことを示している。
大雨の原因が英明なら、それを証明したところで雨が止むはずがない。


「どうする。このまま浸水してくるのを呑気に待つか?」
「――」


先手を取られた。篠突く雨は一向に止む気配を見せない。
それと同時に、帰宅を促されたことも理解っているから、


「…帰りましょう、か」
「ああ、賢明な判断だ」


英明が微笑って同意すると、その途端、朝のカーテンを剥ぐようにさぁっと雨が止ん…?


「嘘…」
「どうやら、雨はお前の仕業だったらしいな」
「違…っ」


なんでそうなる。人心どころか、天候さえ掌握しているというのか中嶋英明、この男は。
まさか。


「…全く腑に落ちません」
「諦めろ」


ふっ…といつものシニカルな表情を浮かべ、英明は「行くぞ」と背を向けた。


「中嶋さん――」
「…なんだ」


悔しさはときに、様々なものを踏み倒して和希から冷静さを奪う。
こんなに自分が負けず嫌いだったなんて、この人と付き合い出すまで気づかずにいた。


「中嶋さんは、俺…が居ないと困りませんか」
「………」


振り返る前に広い――今は雨でTシャツの張り付いた――背中に畳み掛けた。


「俺は貴方にとってどういう存在ですか」


不思議と後悔はなかった。今はまだ悔しさが数倍勝っているせいだろう。


「さぁな」
「え」


間を置かず、こちらを向いた横顔が――実にあっさりと言ってのけ、


「うっかり口が滑って、それこそ異常気象でも引き起こすと困るだろう?」
「――え?」


しれっと、もののついでのように付け足して、すぐに前を向く。
どういう意味…?と問い質したくて、でもやめた。


本当は――わかった。謎掛けじみたその言葉の意味が。ちゃんと、ここまで届いた。


「どうした、行くぞ」
「――あ、ハイ…」


置いていかれないよう後を追いかけ、隣に並んで歩き出す。


「中嶋さん…」
「ん?」
「年に一度くらいは、俺の頭上限定で、局地的に大雨でも構いませんよ?」


前を向いたまま告げると、英明の怪訝な眼差しが耳の辺りに降って来るのがわかってくすぐったい。


「…そうだな。考えておく」
「楽しみにしてますね」


いつか――そうして本当の言葉が聞けたらいい。
細やかな願いが、どうか叶いますように。










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