:第28回アンケート:

【「駆け落ち…しましょうか」と和希】


1位 あ、道場の先生もありですね! (6票)

2位 そもそも個人資産で十分生きていけるような (5票)
3位 1Kのボロいアパートでひっそりと暮らす(2票)
3位 起業とかしちゃえば意外と成功するんじゃ…?(同上)



投票、また、コメントありがとうございました〜










四畳半に、キッチンなんて呼べない流しがついていて、もちろん内風呂なんかなくて、毎日銭湯通い。楽しそうですよね!
トイレは一応あって、でも和式でタイル張りなんですよ。
壁は…何て言うんですかざらざらしてて触ると剥がれそうな…綿壁?そんな名前なんだ。中嶋さん 無駄知識多過ぎですよ。
それでえーっと、ちゃぶ台で向かい合って食事をね、するんですよ。
…あ、怒ってひっくり返すのはナシですからね?…似合いそうですけど。
え?…駄目って?


「――壁が薄いのは問題だろう。特にお前にとっては」
「え…」


閨での寝物語に水を差されて、和希はしばしきょとんとし、英明の薄笑いの指摘に思い当たって色白の顔を赤くした。


「…どうしてすぐそういうことを中嶋さんは…!」
「それに、風呂がないのではお愉しみも半減だ」
「また!」
「――第一、お前に貧乏暮らしなど耐えられるとは思えない」
「そんなことは、」


ないと思います…威勢よく続くはずだったが、自信のなさが如実に現れ尻すぼみになると、 英明はそれ見たことかと皮肉な物言いで和希を揶揄う。


「大体お前は生活に疲れた主婦か?」


駆け落ちの妄想など、今時昼ドラでもありえない――
そもそもどこからやってきたのかそのくだらない話題は、ピロートークにはぴったりだったかもしれないが、 如何せん相手が悪すぎだった。


それに、と底意地の悪い人はちくちくと和希をいたぶって愉しむ。


「出奔したところで、お前の個人資産で十分まともな生活が可能だろう」
「そういうことは言わないものですよ…」
「くたびれた主婦には貧苦も浪漫のうちだからか?」


わかったようなことをほざいて、ふっと鼻であしらわれる。図星には違いないから、言い返せば墓穴を掘るだけだ。


「…興味本位で貧しい暮らしをしてみたいわけじゃないですよ。ただ、そういう生活もありかなって」


本音は少し…違う。言えばきっとまた曲解されるから口を噤む。
いつまでも今の暮らしや立場が続くとは限らない。あってはならないことでも、今後何が起こるかは誰にもわからない。
駆け落ちは極端な発想にも思えるが、いざとなったら。もし、万が一のことがあれば。


「地に足をつけた生活をしたいとでも言う気か。それこそセレブの傲慢にしか聞こえないが」
「…いいんです。バイトだってなんだってやりますよ、俺だって」
「バイトで食っていけるほど、そう世の中甘くはないと思うがな」
「――もちろん、駆け落ち前提なんですから、中嶋さんにも働いてもらいますよ。…ホストなんてぴったりじゃないですか?高収入そうだし」
「………」


ちょっとだけ自棄になっていた。やっぱり言わなければ何も伝わらない。わかっていても歯痒い。


「空手の先生なんかもいいですね。あ、師範の免許とか要る…」


最後の呟きの直前で、和希は言葉を飲み込んだ。
英明がじっとこちらを、あの、獲物を今まさに捕らえんとする眼差しで、僅か数センチの至近距離から、見据えている。
いくら見慣れていたって鼓動は勝手に早まっていく。


「なに…」


おそらく声は掠れていた。そんな、届いたかどうかも怪しい問いかけに、たっぷりと厭らしいくらいの間を置き、やがて答えが返ってきた。


「…お前は、仮にどんな状況に陥ったとしても、仕事より俺を選ぶことはない」
「――」


回答にはならない答えだった。
真意は知れない。けれど、いつものように和希の心裏を見透かして、わざと遠回しに和希を試す――
試されるのは嫌いじゃない。表情を滅多に面に出さないこの人の、気持ちの隙間を垣間見れるなら。
ただ、一筋縄ではいかない。今この人が欲しいのは、俺を信じてくださいなんて軽々しい言葉じゃない。


絡みつく視線から逃れたくて、ぎゅっと英明の首元にしがみ付いた。
こんな姑息な手段でしか伝えられない。貴方が誰より好きだって。大切だって。必要だって。


『駆け落ち』がしたいんじゃない。ずっと一緒に居たいだけだって。


「何があっても俺は…決して……、――一緒に死んでくださいとはお願いしませんから、安心してくれていいですよ」


誤魔化したことさえ総て悟られているような気がする。
英明はふっと口唇を緩めて、その形のまま和希に触れた。




優しいキスは、苦い後悔の味――こんな話題、口にしなければ、よかった。










【アンケ御礼】2010 monjirou
+Nakakazu lovelove promotion committee+


inserted by FC2 system