:第26回アンケート:

【2月14日(日) その日…】


1位 英明サンは悪魔と全面抗争中 (9票)

2位 和希サンは全身チョコまみれ中 (3票)
2位 ふたりはドーナツ屋でデート中 (同上)
2位 ふたりで仲良くスーパーマリオ中 (同上)



投票、また、コメントありがとうございました〜










シャワーを浴び、冷蔵庫からポカリを取り出すと、ベッドの端に腰を下ろした。


「――飲むか」
「………」


ベッドの上のシーツの塊は、うつ伏せの姿勢で枕に片頬を埋め、もぞもぞと身動ぎしただけで返事をしない。
端から辛うじて覗いている髪に手を遣りそっと撫でてやると、ソレ、はゆっくりと顔を上げ、眼を開いた。
緩慢な動きでシーツの中から手を伸ばし、ペットボトルを受け取ろうとするのを軽く制して、英明は自らの口に液体を含ませ、直接 和希の口唇へと運んだ。
半端な角度でほとんど意味をなさずこぼれてしまったが、和希は盛大にむせ込んで、険しい眼つきで英明を睨んでくる。
そんなやりとりも態度も、甘やかな事後の余興でしかない。


「シャワーを浴びて来い。シーツを替えておく」
「ん…」


寝返りさえ億劫なのだろう。和希は枕に頭を馴染ませ、言外に面倒臭いと訴える。


「このまま寝るつもりか? 陽が昇るまで抱かれる気なら構わないが」
「――」


勘弁してくれ、と和希はぐずぐずとベッドから這い出した。一糸纏わぬ裸体には、出来立ての赤い痕が点々と。
跡を残さないでくれといつも懇願されるが、一切聞き入れるつもりはない。
誘惑を垂れ流すお前の肢体が悪いと言い返すだけだ。


悦楽と快感の限りを与え、貪るように抱いて、いつまでも淫らな声を上げさせる。
気を失うように果てた後は、汗を拭き、水分を与え、際限なく甘やかしてやりたくなる。
我ながら堕ちたものだと自覚はあっても、和希にはそれだけの価値があると、無論本人に伝える気はない。


今更恥らう必要もないだろうに、和希はシーツをぐるぐると身体に巻きつけバスルームへと引きずりながら向かっていく。
それきり――和希は部屋から忽然と姿を消した。






風呂が長すぎると疑念を抱き覗きに行って、がらんと空っぽのバスルームに、初めは何の冗談かと思った。
寮のワンルームに隠れるスペースなどなく、ドアを出て行けばすぐに気づくだろう。
キツネにつままれた気分で、和希の携帯を鳴らしてみる。すぐに、ベッドの脇に脱ぎ散らかされた衣服の中から、地味にバイブレーションの音が聞こえた。
当然予測できた結果だったが、和希にしても裸でうろつく趣味などないはずだ。
バスルームの床にはシーツがアバウトに畳まれて置かれていた。


全く途方に暮れて――というより、呆然として――いるところに、メールが、しかも和希の携帯に届いた。
嫌な予感がする。それも、できるなら関わりたくない類の悪い予感だ。
非常事態だと言い聞かせ、その携帯を開いた。写メが送られてきていた。発信者は元・会計の犬。現在は生徒会執行部のメンバーだ。
英明は忌々しく舌打ちする。悪い予感は的中した。
写真には和希の姿が――ありがちなトリックではない証拠に、英明がさっき出してやった、英明の着替えを身につけていた。
元々あったものが見えなくなればすぐに気づいただろうが、下ろし立てのスウェット上下の存在をすっかり失念していた。
それだけ動揺していたということのだろう、さしもの英明も。


和希は何処かのソファに座り、どうやら拘束はされていないようだ。尤もあの犬に、そこまでの手段にでる必要性があるとは思えなかった。
メールを寄越したことからもわかる。おそらく面白半分で――だがどうやって、和希を連れ出したのかが解せない。
が、売られた喧嘩は買うだけだ。
英明は部屋を出、和希を奪回するために立ち上がった。
あの厄介な生物が、素直に人質を受け渡すとは思えないが、その場合は最終的な手段に出るまでのこと。
今夜の英明は、酷く気が立っていた。久々の逢瀬に水を差されたのだから、相手が誰であろうと容赦はしない。




七条の部屋のドアをいささか乱暴に幾度も叩く。まだそう遅い時刻ではない。遠慮など微塵も感じない。
――反応はなかった。物音ひとつしない。ここには居ないのか、居留守か。気を取り直し、もう一度さっきのメールを確認した。
鮮明さはないが、和希の背後に映り込んでいるソファや家具…英明からすれば悪趣味の極みにも見えるそれは、


「――西園寺か…」


さすが女王様の部屋は宮殿のようでしたと、いつだったか伊藤が興奮気味に話していたのを覚えている。
同じフロアにあるその部屋へ殺気立った空気を纏い向かえば、明らかに内から複数の人間の喋り声が聞こえ漏れていた。
苛立ちはほとんどピークに達しており、扉など蹴り壊したいほどだったが、英明が実行すれば洒落ですまなくなるので自重しておいた。


数秒の忍耐を自分に課し、いつもの冷静さを辛うじて取り戻してから、数回ノックを繰り返す。
間を置かず顔を出したのは、部屋の主ではなく、犬のほうだった。来訪を如何にも予測していた顔で、


「おや?珍しいお客様ですね」


わざとらしく、いつものあの胡散臭い笑みを浮かべ、背後を振り返った。


「――郁、中嶋さんでした」


女王に謁見を願い出るような、まどろっこしい真似をするつもりはない。


「西園寺に用はない。すみやかに遠藤を引き渡してもらおうか。隠し立てすれば容赦はしない」
「………何か誤解されているようですが、遠藤君は自らこちらへやって来られたんですよ」
「何…」
「今日が何の日かご存知ですか?中嶋さん」
「――お前の御託を聞くつもりはない」
「今日はバレンタインで、貴方は朝から遠藤君を独占していましたよね。でも今日は郁の誕生日でもあるんですよ。 前々からお誘いしていましたから、遠藤君がここに来ることに何の問題もないはずです。 そんな自由さえ許さないなどとは…まさか言いませんよね?さすがの貴方でも」


したり顔でほざく――そんな手に乗ると思うのか。


「黙れ犬。貴様にも用はない」
「………」


険しい嫌悪の表情を浮かべたが、七条は譲る気がないらしく、膠着状態が改善する気色すらない。


「――臣、いつまでドアを開放しておく気だ」


向こうから静かに呼ぶ声がして、さすが飼い主はペットの扱いに長けている。七条は大人しく道を譲った。
中を覗けば、奥のソファに西園寺、その斜向かいに遠藤が居て、英明に気づくなり、あからさまに怯えて動揺を隠さない。
ようやく捜しおおせた相手のそんな反応に、いくら英明でも、憮然とするしかなかった。


「す、すみません中嶋さん…」
「謝るくらいなら黙って出て行くな。心配する」
「言えば出してもらえないかと思って」
「――俺はそれほど狭量な男か」


おそらく本気の弁に、追い討ちをかけられた。もし和希が事前に今日の約束を伝えていたら、行くなと言ったかもしれない。無理矢理ベッドに引きずり込んだかもしれない。
それに気づいた自分に愕然とする。力で和希を束縛しようなどと思ったことはない。だが――齟齬(そご)は明らかだ。


「…遠藤、ゆっくり楽しんで来い。――邪魔したな」


最後の言葉を西園寺に向けて眼を遣ると、部屋の主はこんな状況下でも動じることなく、悠々とお茶を楽しんでいる。
大物というよりも老獪な印象すらある――は、英明の言に美麗な顔を上げ、


「お前もどうだ。茶の一杯くらい飲む余裕はあるだろう」
「いや…」
「臣がすまなかったな。くだらないちょっかいはやめろと言ってあるのだが」


断ろうとする英明をやんわりと足留めし、そこへ七条が紅茶を携え現れる。主従の見事なコンビネーションだ。
英明は仕方なく、和希の横へ腰を下ろした。和希はまたびくっと身を竦ませたが、気づかないフリをした。


「どうぞ。毒は入っていませんからご案じなく」
「………」
「臣…」


西園寺のカップにも紅茶を注ぎながら、七条は和希にちらりと視線を送った。


「でも郁、少しくらいの意地悪は許されると思いますよ。遠藤君のその姿を見れば」


名指しされて和希は、居心地が悪そうに身を小さくした。そう言われれば、この和希は理事長の威厳もなく、かといって後輩らしさも感じない。


「これ見よがしにサイズの合わない部屋着に、首筋には堂々とキスマークですからね」


和希は耳まで赤くして俯く。成程…英明の服は、和希には若干大き過ぎる。無駄に色めいて見えるのはそのせいか。
だからあれほど、跡は残さないで下さいとお願いしたのに――和希の恨み言が聞こえるようだ。





強引な茶会からようやく解放され、各々部屋に引き上げる段になり、しかし最早どちらかの部屋に向かう気分ではないだろうと――特に和希は―― 1年と3年のフロアを隔てる階段で別れることにした。
おやすみの合図のつもりで、じゃあなと軽く手を挙げると、和希は一瞬妙な顔つきになったが、すぐにこくりと頷いた。


「………」


すまなかったとひと言告げれば――当然浮かぶ解決策も実行には到らず、己に舌打ちをし、和希に背を向けた。
階段を数歩上って何気なく振り返ると、和希はまだそこに、英明を見上げた姿勢で留まっている。


「………」
「――あの、俺の服が…まだ…」
「ああ…」


さっきの怯えた眼を思い起こすような、戸惑いがちな視線、こちらにまで不安が伝染するような揺れる表情で和希は、 英明のところまでステップを駆け上ると、あとは黙って部屋までついてきた。
英明がひとり先に中に入り、脱ぎ散らかされた衣類をまとめていると、背後から近づいた手が慌てた様子でそれらを奪い取る。
予想できない行動に掛ける言葉もなく、だが、そのまま逃げ去っていくのだろうと思われた和希はなおもその場に立ち竦んでおり、


「…戻らないのか」
「………」
「ぐずぐずしていると、また酷い目に遭うぞ」


自嘲気味に促してやれば、その言葉の真意を図るようにばっと顔を上げた。
途端、苦い後悔が湧き上がる。そもそも誰かに好かれようなどと意図して行動したことなどなかった。自分の意のままに全てが動く。現実は後からついてくる。
和希が…今までどんな思いでいたかなど、想像したこともなかった。


「――何か言いたいことがあるなら…」
「泊まって行けと言わないんですか」
「……おかしなヤツだな。嫌な思いをするとわかっているんだろう? さっさと逃げたほうがお前のためだ」


そこまで英明の存在に支配されている――のか。無論悪い方面での。だがそれでも、すまなかったの言葉はやはり出てこない。ぞんざいに突き放すことしかできない。


「俺はそんなこと一度もっ!」
「…なら、どうしてそんな怯えた目で俺を窺う」
「――っ…」


和姦ではなく強姦だった。愛情ではなく暴力だった。そういうことだろう?お前の頭にあるのは。


「それはっ…貴方が怒っていると…思ったからで」


和希は勢い込んで、英明の腕に縋りつかんばかりに、


「貴方に、嫌われたかと…思って――」
「………」


今にも決壊して溢れそうな瞳で訴える。それは本心か?どうやっても信じ難い。


「嫌うというならお前のほうだろう。愛想を尽かしても、確実にお前に分がある」
「そんなことない。あるわけないっ」


必死に首を振り、今にも崩れ落ちそうな和希の肢体を、思わず胸に抱きとめると、自分でも理解できない溜息が漏れた。焦りと緊張と。英明らしからぬ心情だとは、十分気づいていた。


「俺の――顔色を窺う必要などない。お前はお前らしく堂々としていろ。言いたいことはちゃんと言え。ただし…黙って俺の前からいなくなるな」
「――すみま…せんでした…」


きゅっと、和希の手が、英明のシャツを掴んでくる感覚に、心の底から、今度は安堵の溜息がこぼれた。
素肌が触れていても、どんなに深く繋がっても、肝心なことは伝わらない。伝わると思うほうが逆に不気味か。




「…それで?結局お前はどうやってここから出て行ったんだ」
「えっ?」
「………」


なんだその、今更余計なことを思い出すな的眼差しは。
どうやら今夜は、適度に手加減しつつ、じっくり腹を割ってもらうことになりそうだ。










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