「なぁなぁ和希ってさ、いくつくらいまでサンタって信じてた?」 「え?」 サンタだって。啓太は相変わらず可愛いことを言うなぁって脂下がっている場合じゃないな。 「サンタだってば。――もしかして、和希まだサンタの正体とか知ら…」 「そんなわけないだろ」 幼馴染で親友は、和希の言葉にあからさまにほっとしたようだった。まさか…本気で訊いたとか? 「サンタか…改めて訊かれると、貰ったことないな」 「えっ?」 「啓太が言うのはサンタのフリした親からってことだろ?うん、ないな。留学中にプレゼント交換ならやったけど」 「和希…」 あれ?なんかまずいこと言ったかな。啓太が大きな眼をうるうるさせている。 「ごめんな和希、オレ無神経なこと訊いて」 「別に謝ることじゃないって…」 「オレ、中嶋さんに頼んでみるよ!和希のサンタになってくれって」 「………え?」 止める間もなく、啓太は立ち上がると勢いよく駆け出して行った。 若さって凄いな、なんて感心してる場合でもないようだ。面倒なことになる前にと、慌てて追いかける。 どういう理論で、そんな珍妙な結論にたどり着いたのかさっぱりわからないが、放っておくわけにもいかない。 恐ろしい結果が眼に見えている。 「啓太――!」 そもそもどうやってあの人を探すつもりなのか。闇雲に走り回るには、学園は広すぎる。 今の時間なら、3年の受験組は特別補講中だろうが、出席しているかどうかは把握していない。 ふたりで呑気にお茶を飲んでいた食堂から後を追って出てみたが、啓太の姿はすでに見えなかった。 16歳の脚が早いのか、それとも。 ――歳か…? 考えたくないことではあるが現実は揺るがない。 「――おや、遠藤君」 「……七、条――さん」 「こんなところでどうかしましたか」 「いえ、――あ、啓太を見かけませんでしたか?」 「伊藤君ですか?さぁ、今のところは。彼が何か?喧嘩でもしましたか」 「そうでは…、七条さんこそ珍しいですね、おひとりですか?」 「――えぇ、郁なら今、執務室で前会長の遺物に手を焼いているところですよ」 そう言って今秋から新たな生徒会執行役員となった七条は、例の張り付いた笑顔を向ける。 丹羽前会長のカリスマ性と、英明の補佐で以て辛うじて成り立っていた前生徒会のやり方が、気に食わないということを、遠回しに和希に訴えている。 「ところで遠藤君、お暇でしたら、ランチに付き合っていただけませんか?ひとりの食事は味気ないものですからね」 「え…っ、こんな時間からお昼ですか」 「ええ、そんな理由で僕もなかなか手が空きませんので、うっかりこんな時間になってしまいました。――どうでしょう、コーヒーくらい奢りますよ」 ついさっき啓太を探していると――伝えたはずだがそんなことはまるで意に介さないようだ。 こういったところは特に、英明と近しい匂いがする。 ふたりをよく知る人間が、口を揃えて同族嫌悪と揶揄するのはそのせいだろう。 「ええ、構いませんよ」 「そうですか?ありがとうございます、遠藤君」 今更追いかけたところで啓太を捕まえるのは無理だろう。 携帯で呼び出してみてもいいのだろうが、全て徒労に終わる気がする。そんな予感がする。 果たして予想は当たったのか、啓太からの報告は…和希の私室にて、本人によってもたらされた。 やはり運がいいということなのだろう、食堂を出て件のひとを探しに向かい、すぐにばったりと英明に出会ったというのだから驚きだ。 「――中嶋さんが言うには、『ふざけた額のボーナスを貰うような人間に物をやる義理はない』だって」 「……あー、うん。だろうな」 「それで、『どうせならお前がやれ』って和希に言っておけって」 「………」 あーぁ、だとか、やっぱりなとか、やれやれだとかの羅列の中で、啓太は心底憐みの眼差しでこっそりと呟いた。 「和希…オレ、中嶋さんも小さいときあんまりサンタに縁がなかったのかもしれないって思ってさ」 「え……、え?」 「だからさ和希、今回は和希が中嶋さんのサンタになってあげたらどうかなって」 啓太の論理は相変わらずぶっ飛んでいて、すでに若さを置き忘れてきた人間には辛いものがある。 「啓太、それは…さすがに、中嶋さんが喜ぶかどうかわからないし、な?」 「ダメ…か?」 「うっ」 啓太のおねだりには昔から弱い。粋狂に学生なんかやっている今の自分がそれを証明している。 「そ、そうだ…な、一度中嶋さんに訊いてみてからなら…」 「それじゃサプライズになんないって和希、サンタなんだから」 「だけど啓太、サンタの格好なんてしてドン引きされたら恥ずかしいだろ」 「え?」 「……え?」 啓太がそこで思いがけない言葉を口にする。 「和希、オレ、コスプレしろなんて言ってないぞ」 「あ。」 墓穴って、まさにこういう状況を言うんだろうなぁ。 自分がいかにあの人に毒されているかをほとほと認識した。 「――そ、そ、そうだよな!サンタになるって、プレゼントをするの例えだもんな。ははっ」 「だけど恰好から入るってのもアリかもなー」 「え…っと?」 「だからはい、これ」 啓太がさりげなく紙袋を背中から取り出す。 何処に忍ばせていたのか決して小さくはないそれを、つい反射的に受け取って中を覗いた。 それなりにかさばるその袋には赤が印象的な布地が見えている。 「啓太…これなんだ?」 「えっと、オレから和希にプレゼント?」 「………」 そのあやふやな言い回しはなんだ?それより中身はなんだろう。不穏な気配しかしない…が、確認しないわけにもいかない。 がさごそと取り出したそれは、嫌な予感に違わず、赤い衣装だった。まさにイベントに相応しいサンタの衣装。 白いファーつきのナイトキャップに、裾が長めのジャケット、黒いベルト。だけどそれだけしかない。 「啓太…」 「うん!きっと似合うよ和希」 用意周到に現れた衣装や、それを持参した啓太など、ツッコミどころは多いわけだが、それよりも大事な部分がおかしい。明らかにパーツが足りない。 「だけどこれ、パンツが入ってないみたいだぞ」 「それはねー、初めからないんだって」 「…は?」 「そういうものだって言えって…あ、なんでもない。じゃあ、オレもう行くなっ」 「啓太…っ」 そそくさと背中を見せずに去る啓太。もう、引き留める気力もなかった。 だってこれじゃあ、 「どう見たってミニのワンピー…」 両手で肩の辺りを持って眼の前にかざしてみる。 若い女の子が着ればそりゃあ可愛らしいだろうけれど。 「――意外に似合うんじゃないか?」 「へっ…」 かざしたサンタ衣装の更に向こう、啓太と入れ違いにドアを開け、形ばかりの三和土に立っている、人影。 「よく言いますね、啓太にお使いまでさせたくせに」 「…何の話だ?」 堂々と嘯くポーカーフェイスに、呆れるより先に吹き出した。 「いいですけど――これはさすがに悪趣味だと思いますよ」 英明は何も答えずに、部屋の中央へと進んできた。 そして胸の内ポケットからおもむろに何かを取り出すと、和希に差し出した。 「――ほら」 「なんですか?」 「…お前が伊藤を利用してまで欲しがったものだ」 「………」 つまり『サンタ』からの『プレゼント』ってこと? 「――じゃあ、ありがたく頂戴しておきますが、そのお返しにサンタコスというのはなしですからね」 当たり前だ、と英明は意外な答えを寄越して、眼鏡を指先で押し上げた。 「あくまでも肝心なのは中身だからな」 「え、えぇ…」 「サンタの格好をしたお前が寄越す物がメインだ」 お前が、のところを気持ち強調しつつ、英明がニヤリと微笑ってみせる。 「メインがプレゼントなら、別にどんな格好でもいいと思うんですけどね」 「残念ながら、その格好あってこそのプレゼントだからな」 「ミニスカサンタで?」 「そうだ」 悪乗りなのか開き直りなのか、英明は堂々と頷いて、 「衣装に抵抗があるならリハーサルでもしてやろうか」 「リハ…って」 遠慮することはないとかなんとか。 言い訳臭く聞こえないのがさすがだなと、妙なところに感心してふふと含み笑いする。 それとも自分が感化され過ぎているせいかもしれない。 影響力の大きさは今更語るまでもない。 きっと。 望まれるならミニスカだって履きそうな我が身を自覚して、暴君の腕に隠れながらこっそりと赤面した。 【メリクリ'12】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |