「――ちょ、ちょっ待っ…待っ…!」
「………今度はなんだ」


やれやれと溜息を吐きたいのを極力態度に表わさないようにして、英明は組み敷いた相手を見下ろした。


「灯りも消した。眼鏡も外した。これ以上一体何がある」
「で、ですから…」


鼻先近くまで迫る英明に、おどおどと和希は視線を泳がせた。
ようやく二度目のチャンスに持ち込んだというのに、こいつはさっきからあれやこれやと文句をつけて先へ進ませない。
尤も今日は、なんでもお前の願いを聞いてやるというのが条件で、それというのも初めてのそのときに――
2月の頭、和希が出張から戻ってその翌朝――舌先三寸で丸め込んで事に及んだのが、どうやら和希には痛手だったらしい。


夕方近くまでベッドから出ることを許さず、声が掠れるほど『おねだり』させたのがやはり問題だったか。
その『おねだり』自体も、和希の思惑とは程遠かったのも一因かもしれない。
その後の誘いに、二次試験が終わるまでは駄目だと軽くはぐらかされた挙句、合格発表まで、卒業式まで、とずるずると引き延ばされ続けて、 そんな理由での、本日の条件提示と相成った…


地べたに額をこすりつけて、「やらせてください」と哀願するような真似をしなければならないのかと、英明自身も苦々しく思うわけだが。





まだロクに家具も揃わない英明の新居の真新しいベッドで、和希の希望通りに部屋の灯りを落とせば、ロクに顔も見えなくなる。 ただ、表情を除いても全身から、激しく狼狽える様子が伝わってくる。
抱きすくめられて身を小さくし、息を飲んで、英明の次の行動に刮目している。初めてのときとは大いなる差だ。


「――で?次はなんだ」
「あの…俺、初心者なんですよ…?」
「だから手加減しろ、か? 聴けない相談だな」
「どうせ聴く気なんかないでしょう?…じゃなくって…」


どうもお願い、という感じではなさそうだ。躊躇い躊躇い、和希は重い口を開いた。


「あの…俺、どうすれば…いいのかなって……」
「………」


いざこれから、という場面で、この期に及んで何をほざくか、こいつは。
ただ…言い逃れではないのだろう。おそらく本気で? 全く、大物過ぎるにもほどがある。


「流されるばかりでは芸がないから、二度目は積極的に動こうという心構えか?感心だな」
「っ違います――!」


強引に曲解して、和希の口唇に指先で触れる。下唇のラインをそっと指の腹でなぞり、


「…大丈夫だ。そのうち自分から触って欲しいと言えるようになる」


何を真面目に諭しているんだろうかと失笑気味の反面、この男にもっと英明を欲しがらせたいと思うのも本音だった。
色欲も含めて、凡そ個人的な――本能的なと言い換えてもいい――欲念に欠ける和希の、情欲と快感でどろどろになった顔を間近で見てみたい、と。


指をずらして顎をつまみ上げ、夜目に見せ付けるように口唇を重ね、ゆっくりと触れてすぐに離れる。


「一から十まで手取り足取りレクチャーされるのと、実地でじっくり学ぶのと…どちらを希望する?」
「え…えっと…?」


そこまで真剣に悩むほどに両者に違いはないのだが。
どちらにしても開発の喜びは大きい――というところか。
この先が楽しみだ。













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