ご注意/ 10数年後設定。オリキャラ出ます



















悪夢は後を引いた。
和希が風邪気味だと言いながら、熱っぽい顔で今朝出勤して行った。
どう考えても英明に非がある。昨夜リビングで、強引に躰を繋いで無理をさせた。わかっていても止められなかった。


手を離すべき時を見誤った。
取り留めもなくそんなことばかり考えていた。考えたところでどうにもならない。でも考える。その繰り返し。

とにかく今日は仕事を片づけてさっさと家に戻りたい。
和希の具合はどうだろうか。やはり気に掛かる。
定時があるわけでもないが雑用が多く、結局終業は8時過ぎになり、帰り支度をしていると例の同期が、


「――中嶋先生、お帰りですか?」
「はい、お先に失礼します」
「あ、中嶋先生、その…昨日の今日で申し上げにくいのですが、また少しお話が…」
「――申し訳ない、今日はちょっと」
「お急ぎですか、それは残念です。あっ、よろしければご自宅までお送りしますよ、先生は電車でしたよね」
「………」


余程火急の用件なのか、どうせ昨日の話の続きだろうが――、
第一英明が自宅へ戻るかどうかも定かではないのに切り出す辺りからも見て取れる。
単にそこまで頭が回らないだけなのかもしれない。仕事が終われば家に直行が当然。真面目の上に別の文字が乗りそうだ。


「…では、お言葉に甘えて」


また日を改めて、となるよりは車内で適当に話を終わらせた方が面倒がない。
そんな判断で車に乗り込んだが、早々に当てが外れた。
話があると言っておきながら、相手はまるで見当違いな話題ばかり振ってくる。
実家に住んでいるのかとか、車の薀蓄だとか脱線ばかり。
弁護士としての仕事は別として、元々それほど聞き上手でもない――興味がない話を聞く気は端からない――英明に、さりげなく話を聞き出すなど苦行でしかないというのに。
下手をすれば家に到着した挙句、中に上げろと無言で催促されかねない。


「――ところで、何かお話があったのでは」
「あ…はい、その…この間の話の続きなんですが、えーっと…」


結局こうなるわけだ。すっかり和希のお人よしが感染っている。


「…もうじきバレンタインなので、実はその機会にプロポーズしたいなと考えておりまして…、」
「はぁ」
「サプライズのアドバイスなど頂けたらと…」
「………」


『プロポーズ サプライズ』で検索した方が余程マシな回答が得られるんじゃないだろうか。
少なくとも、プロポーズもしたことがない人間に訊く質問じゃない。


「残念ながらあまりお役に立てそうにはありません」
「あ、中嶋先生ならサプライズの必要もないですもんね」
「………」


意味を推し量れない微妙なフォローに少し苛立った頃、ナビが目的地に近づいたと呟いて知らせる。
その辺のコンビニで降ろして欲しい旨を伝えると、運転手は自宅まで送ると言い張り、拒むのも面倒でそれに従う。
ゴリ押しするわけでもないが、妙に押し付けがましい。
昔、こんな性格の男が身近にいたことを懐かしく思い出しながらマンション前で車を降りた。


「――あまり気張らない方がいいんじゃないですか?気負い過ぎるとすぐに見抜かれますよ」
「…えっ?」
「サプライズですよ。女は勘がいいですからね。――では、ありがとうございました」











和希はもう帰宅しているらしい。部屋に灯りがついているのが見えた。
マンションの最上階、ワンフロア。無論和希の持ち物だ。
新米の、しかもイソ弁には、こんな部屋に独りで住む甲斐性などない。


「――おかえり。お疲れさま」


出迎えに出てきた和希の顔色は、今朝よりはよさそうだった。


「具合はどうなんだ。俺はいいから休んでいろ」
「大丈夫、ウチの薬はよく効くから。…心配してくれたんだ?」
「するだろう、心配くらい」
「………」


和希は急に真顔になり、ふっと笑みを漏らした。


「嬉しいけど…最近の英明は人間が丸くなってきて、なんだかつまらない」
「………」


なんだその言い草は――当然のように思うわけだが、半分は本音だろうし、照れ隠しの意味もあるだろうし、 何より今は英明自身が反省中でもあり、余計なことは言わずに、和希の背中を促して部屋に入った。


「――食事はまだだよね。支度…」
「ああ、後は俺がやるからいい。お前は早く休め。呑気にしているとぶり返すぞ、もう若くないんだからな」
「……うん」


あからさまに気落ちした様子で、和希は小さく頷くと、反論もせずにとぼとぼと自室へ引き上げていく。
いつもは家政婦が作っていった夕食を温めて、時間が合えばふたりで食べる。だが実際はそれも稀だ。
和希は本社勤務になってから以前よりも多忙になり、 英明も事務所に勤め出して数年、互いに帰宅時間は不規則で、一緒に暮らしているのにすれ違いが多くなった。


和希は何も言わないから、なあなあでここまで来てしまったが、このままでいい理由もない。


おそらく潮時、なのだろう。


「…土曜になって熱を出すとは、社畜の鏡のような奴だなお前も」
「ははは…そうかもしれない……」


熱発のために紅潮した顔で、和希は力なく笑った。
実際のところは解熱剤で無理矢理体温上昇を抑えていただけのこと。
仮に英明が気づかずにいた己の不覚を責めたところで、和希は仕事を休まなかっただろうし、石塚が帰宅を促したところで帰りはしなかったろう。
そういう男だ、和希は。


「…どうだ、まだ悪寒がするか」
「うん…ちょっと熱い…気もする……」


ひた、と和希の頭に手を載せて具合を診る。和希はひやっと一瞬肩を竦めて、


「英明の手、冷たくて気持ちいいね…」
「クーリングしたほうがよさそうだな」
「英明の手だけで十分だよ…それより、やっぱり医者の子だね、英明って…」
「――何の話だ」


熱が上がり切ったのか、和希はうとうととし始めている。問いにも返事がない。
起こすのは忍びない気もしたが、キッチンから小さめの保冷剤を持って来て、脇に挟んでやった。































【Valentine'14】
Copyright(c)2014 monjirou

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