ベッドの上でじゃれながら互いの服を脱がせ合う。
未だに照れ臭いのかくすぐったいのか和希は身を捩って微笑い、英明の鼻先や耳朶に噛み付いてきたりする。

お返しとばかりに英明が隙をついて口唇を奪うと、弱い場所を探られた猫のように、和希はすぐに大人しくなった。
甘える仕草だとか媚びた眼差しだとかを、以前の英明なら疎ましいとしか思わなかった。
それはもちろんこの年齢不詳な男以外の人間の話なのだが――、


「――な…かじまさ……、待…っ」
「ん?」


わざとらしい音を立ててこめかみや襟足に口づけていくと、半開きの口唇から掠れた声が英明を留めた。
聞き流して頭からシャツを引き抜き、白い肌にまた口づける。
それはずっと以前から英明の物であったかのようにしっとりと柔らかく掌に馴染んでくる。


「待っ…て――」
「………」


抗う素振りなら無視するだけのことだが、どうやら事情が違うらしい。
頭を上げて和希を見ると、何やら訴えたいのかほんのりと紅潮した顔でじっと英明を見つめてくる。


「…どうしたんだ?」
「――っ…たまには俺……がしたい…」


耳を疑う言葉と消え入りそうな声で、和希は返事を待たずに俯いたまま、自らの体重を掛けて英明の上体をベッドに倒した。


「一体どういう風の吹き回しだ?」
「……俺だって中嶋さんに…触りたいんです…」
「ふ…」


腹の辺りに、馬乗りになって頬を摺り寄せる和希の髪が触れてくすぐったい。


「嫌ですか?俺に触られるの」
「――」


されるがままに押し倒されている時点で察してもよさそうなものだが、和希はあえてそれを言わせたいのかもしれない。


「理想的な肉付きだなっていつも思っていたんですよね」


何やら変態じみた手つきでさわさわと割れた腹筋をなぞられて、さすがの英明も堪えきれずに吹き出した。


「お前…本気でやる気があるのか」
「もちろんですよ」


恥じらいが勝ってか、なかなか行動に出ないでいた和希が、意を決したように臍のくぼみに舌を這わせてきた。
ぬるりとぞろりと、妙な感触が脊髄を駆け上る。
思わず脇腹が震うのを制御できなかった。何となく屈辱的な心持ちがする。
男を抱いた数よりはずっと少ないが、英明がこちら側の立場であった時にはどうだったろうかと思い出してみるも、 記憶の端にも引っかからないほど些末なことだったらしい。まるで思い出せない。

英明の反応を察した和希は、そこから周囲にキスを落としてまた柔々と肌を指先で辿っていった。
腹の上でもぞもぞと蠢く和希の頭を眺めていると、また一層妙な気持ちになるのは何故だろうか。




「――俺には、よそ見しているとお仕置きだってすぐ言うくせに」
「ん?」
「他のことを考えている顔ですよ」
「…そんなことはない」


案外鋭いものだな。うっかり妙な声でも上げないよう、別のところに意識を飛ばすのも楽じゃない。


「…そりゃあ中嶋さんに比べたら技術も及びませんけど、――下手でも笑ったりしないでくださいね?」


そう宣言すると、和希はゆっくりと下腹部に顔を沈めた。


「――っ…」


英明のモノに手を添えて、口腔内にソレを導き入れる。
たどたどしい舌の動きにも関わらず、逸物はぐっと嵩を増した。
今まで一度も和希に口腔奉仕などさせたことはない。強いたこともない。

さらさらと零れ落ちる髪の合間から赤い舌が見え隠れしている。
必死で刺激を与えようと努める姿に、苦々しい思いが込み上げてきた。
自分でもおかしなほどに、そんな和希を受け入れられない。

理由?そんなものは明白だ。




「――もういい。やめろ」
「…っ」


形のよい頭頂部を片手で起こして無理矢理引き剥がす。
惚けた眼つきで顔を上げた和希は、凶悪なほど艶めかしさを纏い、その表情だけでイケそうなほどだ。


「ど…して…、女の子だってするのに…俺は駄目なんだ…?」
「そうじゃない」


言葉の足りない英明に、焦れたような声。和希が誤解するのも無理はない。


「慣れない俺じゃ信用ならない…から?」
「違う」


和希を腿に乗せたままでむっくりと起き上ると、立場などどこかに置いてきたような情けない相手の頬を両手で包み込んでやる。
誤解を解くのは得手ではない。そう単純に誤魔化されてくれる相手ではないことも知っている。


「俺が――恥ずかしいからに決まっている」
「嘘ばっかり」


知っているからこそ、即否定してくる口唇を勢いで塞ぐ常套手段に出た。理由は察しろ、としか言えない。
本心を見せればお前は、勝手なことを言うなと憤るに決まっているのだから。


「…お前は大人しく俺に抱かれていればいい」


容赦なく相手の首元に食らいつき、奥に潜んでいた和希のモノを引き摺り出すと指を絡めて一気に扱き上げた。


「なに言って…ァっ…んッ!」


英明の肩に額を押し付けて快感を押し殺そうとするが、絶え間なく与えられる刺激に嬌声がやまない。
途切れ途切れに、しかし甘くせがむ声に、英明自身も引きずられそうになる。


「じ…ぶんだけ、ズル…い…っ――」


文句と共に、最後は背中を震わせて和希は達した。


「何がだ」
「………」


明確な答えが返ってこないのは、わかっているくせにという非難より、荒い呼吸に邪魔されて会話も儘ならないからだろう。
悦楽の残りを遣り過ごしている和希のうなじを宥めるように軽く叩いてやる。


「仕方ないだろう?諦めろ」
「…なに、さっきから勝手なことばっか、り……」


ぎゅううと力任せに英明の首にしがみつく和希は、あるいは本気で英明を絞めたいと思っていたのかもしれない。
理不尽な言われ様には慣れているはずだが、自ら切り出した行為に何か特別な意味合いでもあったのか。大層な覚悟が要るような、何か。


「――違います…明日の分、なにも用意できなくてそれで…」
「…?」


それ以上和希は口を割らない。鼻先が触れ合う距離で覗き込んでみても、俯いて無理矢理眼を逸らすばかりだ。
明日…?明日は…




なるほど。明日は国中揃って、製菓会社の策略に乗せられる日か。


「…やりつけないことをする前に、お前自身を差し出す方が余程手っ取り早い――とは思わなかったのか」
「……リボン付きで?」
「あぁ」


今度は眼を逸らさずに英明を正面から見据えてくる。どうやら理事長殿にはご機嫌を直して頂けたらしい。
額に軽いキスを落としたら、つるりと背中を腰まで撫で下してそろそろの合図を送る。
照れ臭そうに頷くのを見届けてから、手早く上体をシーツに横たわらせた。


「…中嶋さん――」
「どうした」
「……ううん、なんでも、ない…」




和希が何を言いかけたのか、問い詰める余裕は今はなさそうだった。
甘ったるい菓子よりずっと中毒性が高いお前を喰らうのに精いっぱいだ。








−了− 








【はっぴーばれんたいん?'13】
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