「お正月に…いや、年が明けたら一番に…、それとももっとストレートに言うべきかな…」


鏡に向かって、ぶつぶつと自分に話しかけてみる。…別に寂しい人ではない。これは言わば予行練習。来たる新年に備えての。


「これから毎年一緒に…では、回りくどすぎて伝わらないか…」
「――何を独りで呟いている?ボケるにはまだ早いぞ」


擬音で言うならぎくっとぎくりとか、きっとそんな感じ。鏡の中の自分の背後に入り込んだのは、見慣れた人物の姿だった。


「あっ…、な、なんでも…ないよ。それより英明、今日は早いね」
「いつも通りだが?お前こそ朝から実に挙動不審だな」
「そん…」


朝の洗面所で英明と鉢合わせなんて、別に珍しいことじゃない。
同じ部屋に住んでいるわけだし、たまたま同じ時間帯に起き出してきただけで。
ただ今日は大晦日で、英明も大学はすでに冬休み。
実家に帰るわけでもない、大掃除は業者に頼んですでに終わっている、だからもっと遅くてもおかしくないと勝手に思い込んでいた。


「えーっと、あ、何か予定があるんだ? 出掛けるなら…」
「特に予定はないな。お前はどうするんだ」
「俺も別に…」


意味不明な独り言を聞かれたのか聞かれていないのか、気になるのはその辺りだが、英明はこんな場面ではまず余計な発言はしない。
それでいて、相手の自滅を誘うのが得意技だ。


「あ、じゃあ買い出しに行く?お餅とか…」


苦し紛れに切り出したものの、おせちもすでに注文済みで、必要なものはそうない。
元旦から実家に戻り年始回りが毎年の常で、一般的な正月の過ごし方をよく理解していない和希には、余り利口な逃げ口上ではなかった。


「大晦日だ正月だと言ったところで、明日何がが変わるわけでもなし。騒ぐだけ無駄だな」
「――そういうの、英明らしいって思うんだけど…」


英明もまた、実家では家族銘々が別々に海外に行くような正月で、正しい新年の迎え方を知らないのは和希と似たり寄ったりだ。


「含みのある言い方だな」
「うん…あの、せっかく今年は一緒に――年越しが出来るから、ちょっとそれらしいことをしてみたいなって」
「例えば?」
「年越しそばを食べてテレビ見て笑って、初詣に行ったりとかそういう…」


初詣、の辺りで英明がちょっと眉根を寄せる。一番苦手そうな部類だからだろう。


「――お前の言う一般的が、今どれだけ現実的かはさておき、お前がそうしたいなら付き合ってやってもいい」
「そ…」


渋い顔をしながらも、和希に付き合ってくれる辺りは、昔より…学園にいた頃よりずっと進歩したと言っていい。
それでも、だ。


「そういう…一時的なイベントではなくて、そうではなくて、」


ひとつ息を飲んで、覚悟を決めた。


「俺と…一緒に…これから毎年、大晦日も正月も過ごして欲しい。――家族として」
「………」


ここ一カ月余りずっと考えていた言葉も、リハーサルも全部何処かへすっ飛んでいた。
学園を卒業して一緒に暮らすようにはなったけれど、お互い忙しくてすれ違いも多くて、言うならルームシェア状態で、
でもそうじゃなく、これからずっと英明と、一緒に居たいって。暮らしていきたいって。


「…和希」
「うん…」
「それはどういう意味に取るべきなんだ?」
「えっ…?それは、だからその…」


言葉に窮する和希を、尊大な態度がさらに追い詰める。


「プロポーズと受け取っていいのか」
「っ…て、そ…、え?」


思わず後退って、洗面カウンターにぶつかって焦る。
少し遅れてじわりと沁みてくる恥ずかしさと戸惑い。
指摘されて初めて、そうかそういうことだと認識し、そうなるともう、英明の顔がまともに見られない。


「違うのか?」
「違…違わない……けど、改めて考えると大それたことを言ったなって…」


俯く視界に入ってくる、英明の足元。和希とお揃いのスリッパ。
告げた言葉に偽りはなく、ただそれを簡潔に言い換えた英明の…深意が…読めない。


「大それた?つまりお前はそれほど深い思慮もなく、他人の人生を寄越せと言ったわけか」
「そんなことはない。ずっと悩んで、いつ言おうかってそればっかり考え…」
「だったら、」


さりげなく距離を詰めた英明が、するりと間合いに入ってくる。
和希を洗面カウンターと自身との間に封じ込めると、


「否定しないでくれ。言ったこちらが恥ずかしくなる」
「え…」


羞恥なんてところから、もっとも縁遠いように思われる男が何を。


「――ん…っ」


そう言おうとした和希の口唇を、英明が塞ぐ。
余計なことを言うな、のいつもの手段で。


「ちょ、英明…っ」
「ん?」
「ん?じゃなくて、だから…英明は…、英明はそれでいいのかって…」
「――さぁ、どうだろうな」


意味ありげな口ぶりには、今まで散々翻弄されてきて、英明がそう易々と本心を見せたりしないこともよく知っている。


「…そうやっていつも誤魔化して。――あ、じゃあ…俺の来年の抱負は、英明に本音を言わせる、にするよ」
「せいぜい努力することだ。それなら俺の抱負は――」


いつの間にか和希の腰に回した腕で、英明はまた意味深に微笑った。


「お前の部屋でこのまましっぽり年越しする、だな」


さらりと恐ろしいことを口にして、更にそれが冗談ではない辺りがまた恐怖だ。


「…い、いやまだ午前中だし…?お蕎麦も食べないといけないし?紅白も…あるし?」
「お前の部屋にもテレビはある…。俺はボクシング派だがな」


有言即実行と言わんばかりにキスの雨を降らせ、その合間のひと言。
「もしかすれば、俺の本音が聞けるかもしれないぞ…?」で、陥落。


結局そうやってうやむやにされて、そうして明日に繋がっていく。
新しい年に繋がっていく。








−了− 








【迎春2015】
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