今年の春は雨ばかりで、花冷えなんて風情には程遠く 上がり下がりが激しい気温に翻弄されて、挙句体調を崩した。


「――すみません中嶋さん…」
「そう思うなら大人しく寝ていろ」


冷ややかな声に頷くしかなく、ベッドの中で小さくため息を吐いた。
英明に連絡を取ったのはどうやら石塚らしい。
古参の秘書は、年下の上司に無理矢理休暇を取らせるにはどうするべきかをよく心得ている。
大学4年になったばかりの英明は、本人曰く「暇だから来た」とのことだったが、 それが真実なのかどうかは和希には推し量れない。


「…中嶋さん」
「ん?」
「大学は…どうですか?」
「…どうと訊かれても曖昧過ぎて答えようがないな」


病人の戯言にもいつも通りの応答で、逆に安心した。それで小さく笑みが漏れる。
学園を卒業してからもう随分と経つのに、以前と何も変わらない態度が嬉しいなんてきっと、言ったところで正しくは伝わらない。


「――少し眠ったらどうだ。まだ熱もあるんだろう」
「うん…」


すでにうとうととしかけている和希を見かねて、英明がベッド脇に置いた椅子から立ち上がった。
柔らかい影が近づいてきて、和希の額に手を遣る。
ひやりと冷たい掌が心地よくて、思わず眼を閉じた。


「中嶋さ…」
「どうした」
「…もう、帰られますか?」


上掛けを鼻先まで引き上げ、か細い声でそう訊くのを、英明は微苦笑を浮かべて意地悪を言う。


「お前がもう帰れというなら退散するが?」
「――…」


せっかく久しぶりに会えたのに、発熱などなければ色んな話をして、それから。
それから…。


「そう情けない顔をするな。石塚が泣くぞ」
「見せませんよこんな顔…」


具合の悪さから来る心細さも手伝って、本当に泣きたくなってくる。
ずりずりと布団に潜り込んでいった結果出来上がった、こんもりとしたシーツの塊に、上からぼすっと軽い衝撃。


「気弱なお前を見ていると襲いたくなるからな、そうでなくては困る」
「…?」


どういう意味――?
そおっと上掛けの端から頭半分だけ出して様子を伺ってみる。
狙い澄ましたように英明はそこにいて、例によって悪い顔で和希を覗き込んでいた。


「っ…」
「――具合がよくなったら嫌になるくらい可愛がってやるから、今は我慢しろ」
「って、そん…」


そんなことって、考えてなどいないって言い訳めいた言葉はもごもごと口の中に消えた。
この人の前では何故か嘘が上手くつけない。


「次…いつ会えるかもわからないのに、そんな約束当てにならない…」
「………」


ひたひたと忍び寄る睡魔に敗北する間際、呆れ気味に微笑う英明の顔が見えた気がした。





翌朝眼が覚めた頃には熱もすっかり下がっていたけれど、すでに英明の姿はなく、 思わず「嘘つき」と呟いてみたところで嫌味が返ってくるわけでもない。


しばらくして迎えに来た石塚は体調のこと以外は何も言わないし問わない。


「和希様、」
「――今行く…」


促されて部屋を出、エントランスまで降りると、何故かそこに居るはずのないその男が立っていた。
しかもスーツにネクタイ姿で。よく似た別人かと思うほどに、まるで理解が追い付かない。


「なっ…どっ…え?」


動揺し過ぎて、後ろに控えていた石塚まで苦笑している。


「彼には今日から数日間、インターンシップとして働いて頂くことになっています」
「…は?」
「大変成績優秀な学生であると伺っております」


そんなことは百も承知だ。だが英明は就活中の学生でもなく、そもそも大学院進学が決定済みで――病み上がりの頭が混乱を極めている。


「――よろしくお願い致します」
「は…」


お辞儀も何もかも、きっちりとリクルート仕様で和希の混乱は更に増した。また熱発しそうな気さえしてくる。


「――和希様、そろそろ」
「あ、うん」


迎えの車に乗り込もうとしたところで、それまでしおらしい素振りだった英明が急に和希の腕を取って足止めし、耳元に口唇を寄せて囁く。
石塚が離れた隙をついてこっそりとひと言。


「昼と夜とで立場が違うのも、また燃えるだろう?」


楽しみにしていろ――と続いたように思うのだが、戻ってきた秘書の追及を誤魔化すのに必死で、生憎と記憶は定かではない。




-了-





【四月馬鹿でもよかった2015】
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