「進路希望調査?」
「…そうなんですよ。来週までに提出なんですけど、なんて書けばいいのか…」
「………」


取るに足らないような和希の悩みに――英明に言わせればいつものことだが――副会長は大袈裟にため息をついた。


「そんなもの、適当に書いて出せばいいだけだろう」
「そうはいきませんよ。この後二者面談だってあるのに」
「………」
「――なんですか?その顔」
「そのうち三者面談もあるはずだが」
「まぁ、それは…」


和希は露骨に眼を逸らして、いつものあの癖で頬を掻いた。
自分の学園に潜り込むのは簡単でも、書類上のあれこれはそれなりに体裁を整えておかなければならないだろうし、
その辺りのことは、小賢しいくらいしっかりと根回ししているものだと思っていた。


「お前…自分の学園が進学校だってことを都合よく忘れていたんじゃないのか」
「そ…んなことはありませんけど。確かに進路指導の回数が多いのは想定外でしたが」


和希は情けなさそうに眉を下げた。


「両親は海外在住ってことになっているんで――、まぁそのうち考えます。それより進路希望ですよ」


まさか存在もしていない人間を保護者代理に据えたわけではないだろうが。
この男の顔を見ていると、何やら不安になってくる。


「――だからそんなものは適当に書けばいい。大学名でも、職種でも。今更嘘は書けないなどとほざくつもりじゃないだろう」
「嘘はともかく、それなりに信憑性のあることを書かないとまずいでしょう、色々と」
「だったら…子どものころになりたかった職業でも書いておけ」
「子どもの頃…」


だからそこで遠い目をするな。いい加減突っ込むのも飽きてきた。


「K大薬学部辺りが無難なところだろう、お前の場合」
「あー…そうですねぇ」
「不満だと言うなら自分で考えろ」
「そういうわけでは…ただ、」
「ただ?」
「何にしても架空の物なので、信憑性もありつつ、こう、もっと夢のある…」
「………」


薬学部からの薬剤師希望、ではあまりにも無難過ぎてつまらない、というのが和希の主張のようだ。


「いいですよね中嶋さんは。弁護士ってかっこいいし」
「小学生かお前は。だったら医者でもパイロットでも――…」
「そうですよねぇ、でもいまひとつピンとこなくて」


果てのない和希の希望に、さすがに真面目に付き合うのも面倒になってきて、 「勝手にしろ」と突き放しかけたがふと思い留まる。


「――信憑性のほどは知らないが、夢のある進路ならひとつあるな」
「なんですか?」
「教えて欲しいか」
「……代償を求めるなら少し考えます。あ、あと『お嫁さん』って言うのもナシですからね?」


「………」
「…………」


絶句する英明に、和希は慌てたように「冗談ですよもちろん」と釈明するも、そのせいで余計に疑わしさが増した。


「お前がいいなら反対はしない。当然、親の呼び出しは必至だろうが」
「だから冗談ですって」
「そんな古典的なネタを今どき真顔で言う奴がいるとは思えない」
「いや、ですから…」


必死に否定する和希を眺めるのは何とも言えず愉しい。


「ニヤニヤし過ぎですよ中嶋さん。大体そういうときは、当然俺のところに嫁に来るんだろうとかフォローするべきで」
「…その結果、最悪そんなことを口走った俺は、お前に何を血迷ったのかと叩かれるわけだ」
「……うーん? それは、中嶋さんに甘い台詞を求める方が間違っているってことでしょうか」
「――そういうことだな」


賢明に『丸め込まれた』和希の微苦笑に、英明もつられて苦笑いする。
将来の夢など、おそらく選択する余地も与えられなかったであろうこの男に何かひとつ――英明が差し出せる望み――を挙げるとするなら。


「…?なんですか?俺の顔に何かついてます?」
「いや、なんでもない」


そんな世迷言を口にすれば最後、この先延々と和希の尻に敷かれるのは眼に見えている。
きょとんとする和希を引き寄せていつものように誤魔化してみても、この男にはすでに全て見透かされている気がしないでもない。








−了− 








【和希が進路に悩む話】
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