「狙って嘘をつくのって難しいものですね」


大真面目な声で和希が言うので、そう言えば今日は四月一日だったと思い出した。


「わざわざ頭を悩ませてまで考えることでもない。時間の無駄だ――、…ああ、お前のところで何かやってたんじゃなかったか」
「ベルグループのホームページで1日限定の企画をやってますけど、あれは公式ですからね」
「大した違いはないだろう」
「大ありですよ」


何がそんなにこの男を四月馬鹿に駆り立てるのか、いささか疑問に思うほどの勢いで和希が向き直った。


「おおっぴらに嘘をついて、普段クールで無表情で朴念仁な人を慌てさせるなんて、今日しかできないんですからね」
「………」


なんだその理屈は。
吹き出したいのを堪えて、今日は珍しくスーツ姿の和希の腕を取った。


「――お前の主張は大体理解した。だから…そうだな、『入社式に参加したら、新入社員と間違われた』くらいでいいんじゃないか?」
「………」


幼い子のようにくるくると表情を変える、実は年齢不詳のベルグループの幹部は、一気にしおしおと項垂れて英明の胸に額を預けてきた。


「……それだと嘘になりません」
「…なんだ、また間違えられたのか」
「また、は余計ですよ」


自分の学園に潜入して違和感なく高校生を演じていたわけだから、新入社員に間違えられても致し方ない――と考えるのは何も英明だけではないだろう。
例えそれが三度めであってもだ。


「ダブルのスーツを着ている新入社員なんてそうそういませんよ…」
「だろうな」


どういう状況下だったかは、和希が話したがらないので把握していない。あえて訊こうとは思わない。


「お前の部下になる新人には、間違いなくエイプリルフールだろうな」
「嬉しくないよ、そんなの」


「…スーツが皺になるぞ」


英明の腰に両腕を回し、ぎゅうっとしがみついてくる和希の表情は見えない。
余程悔しかったのか、隠した顔の裏で英明個人への嘘を必死で思い巡らしているのか。
後者は面倒なことになりそうなので、ここはひとつ触れないでおくことにする。


「顔を上げろ和希。慰めて欲しいならちゃんと――」
「うん…」


しおらしい声で頷いたかと思えば、和希は矢庭に顔を上げて、


「――呑みに行こう!やっと英明も堂々と呑める歳になったんだし、ね?」
「…そっちか……」
「え?」
「いや、出掛けるのはいいが――、また補導されないようにしろよ」
「………」


いつもの和希なら、されませんよとムキになるのが定番だったが、入社式でのダメージが余程尾を引いているらしい。
またすぐしおしおに戻り、


「…じゃあ家呑みでいい……買い物に行く」


傍から見れば滑稽なほどの、和希の変貌っぷりには呆れるしかない。


「若く見られて結構なことじゃないか。何を落ち込むことがある」
「そりゃあ英明は………、ねぇ英明っていつからそんなに老けてたの?中学生くらい?」
「………」


さっきまでの落ち込み様は何だったんだと訝しくなるくらい、和希はぱっと表情を変えた。
しかもなんだ、その空気を読まない失礼極まりない発言は。


「――気が変わった」
「へっ?」
「俺が年相応に若いということを、若作りの身体にみっちり教え込んでやろう」
「…い、今からコンビニに、行くん…だよね?」
「明日でもコンビニは逃げない」


ぽかんとする和希の上体を抱え上げ、有無を言わさず部屋へと向かう。
上着を脱がせようとして、ふと思い当たった。
生地の手触りからして違う。こんなお高いスーツを着ている新人がいるわけないだろう。
灯りの消えた寝室では、それすらどうでもいいことだったが。









−了− 








【四月馬鹿2014】
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