「中嶋さん、ちょっといいですか」


編んでいる途中の物を、毛糸を繋げたまま英明の方へと向ける。
英明はPCのモニタから顔を上げて振り返った。


「――なんだ?」
「合わせてみてもらえます?」


椅子から立ち上がった英明の胸に、半分ほど出来上がっている編地をあてがい、


「やっぱりちょっと、違うみたいですね」


独り言のように呟き、一番上の段から編み棒をするんと抜いた。
支えを失って急に頼りなくなってしまった毛糸を、端からほどき始める。


「イメージと違うんで、また編み直しすることにします」
「…面倒な話だな、買った方がよっぽど早い」
「そういう人が多いから、手作りする人も少ないんでしょうね」


和希にしても、母親の影響がなければ編み物をすることなどおそらくなかった。
手間も掛かるし費用も掛かる。やり始めてみれば案外面白いものなのに、敬遠する人間が多いのも無理はないか。
こんなせかせかした時代なら余計にそうかもしれない。


「中嶋さんはそういうの…一番毛嫌いしそうですもんね」
「時間は有意義に活用するものだが、俺よりもむしろ問題はお前の方だ」
「俺?…忙しいくせにってことですか?」
「そうだな。お前の趣味に口は出さないが、そんな余裕があるくらいなら、」
「…なら?」
「もっと俺を構え」


ぽかんと固まる和希の手から、ほどきかけの毛糸とカーディガンになり損ねた物体を取り上げ、英明は軽々と和希の脇を抱え上げる。


「ちょ、わ…っ」


急な不安定さに焦って思わず首元にしがみついた。


「なんだ?気が早いな」
「違…ッ」
「人間正直が一番だと教わってこなかったか?」
「………」


思えば英明ほど己の欲望に忠実な人間もそういない。
その性癖のせいで、散々酷い目にあってきたわけだけれども。


「――中嶋さんは正直なのもほどほどにしてくれませんと、俺の身が持ちませんから」
「善処しよう」


笑い含みの答えには誠実さなど微塵も感じられず、どう足掻いたところで辿りつく先は同じだと、そんな風にも思えてくる大寒の夜。








−了− 








【大寒の候】
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