「…今年の桜は気が早くて、寂しい入学式でしたよ」 と、和希が独り言めいた調子で伝えてくる。 やや早口なのは、眠くて仕方がないせいだろう。すでに瞼が半分ほど塞がっているような有様だ。 「ですけど――、」 「ん?」 「やっぱり中嶋さんが居ないのが一番寂しいです。卒業などさせなければよかった」 「お前それは、職務権限を超え過ぎだろう」 「七条さんと同じ学年の中嶋さんなんて、ちょっと見ものですね」 「………」 素だったら嫌味のひとつくらい言ってやるのだが、半分眠りかけのこの男には何を言っても通じないだろう。 何より、今は必要ない。 「中…嶋さん…」 「どうした」 「触っ…てもいい……?」 シーツの中からおずおずと腕を伸ばしてくると、和希は闇に消え入りそうな声で呟く。 ふたりしてほとんど裸に近い恰好で居るにもかかわらず謙虚な申し出で、そうっと英明の頬に触れた。 「…中嶋さんが居ないと――やっぱり寂しい」 「ああ」 「会えなくて、寂しい…」 それを最後に、和希は深い眠りに落ちていく。一方的な嘆きは、すぐに穏やかな寝息に変わった。 真っ直ぐに本音を口にしたのは――それを聞いたのは初めてかもしれないし、 それを聞いて少なからず動揺した自分が何より滑稽に思えた。 面倒だとか潮時だとか、確実に抱くはずの感情がどこにもなく、むしろ…、 「………」 うっかり柄でもないことを口走るところだった。 和希が寝ていて助かった。 伊達に歳上を名乗っていない。この男はこれで意外といい性格をしている。 「寝顔は子どものくせにな」 言われっぱなしも癪だから、明日和希の眼が覚めたら選ばせてやろう。 A.英明の部屋で魅惑の軟禁生活 B.英明の部屋で快楽の同居生活 どちらでも、お前の望むままに。 −了− 【】 Copyright(c)2013 monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |