午後4時も過ぎるとそろそろ小腹が空く頃で、今日の夕飯は何だろうかと寮の食堂に思いを馳せたりする。


「――和希様?どうかなさいましたか」
「う、うん、何でもない」
「何かお探しでしたら」


実によく出来た秘書の石塚には、隠し事も出来ない。が、さすがに本当のことが言えるわけもない。
上司の威厳というものがあり、その一方で、出来過ぎの秘書を試してみたくなったりする。


「――今日の」
「はい」
「寮の夕飯のメニューは何だと思う」
「は…」


内心、石塚の反応を楽しみにしていたものの、予想に反して動揺らしき様子はまるで見せず、今夜の献立は…と愛用のシステム手帳を開き出す始末だ。
ここまで全て把握されていると、何だか居心地が悪い気がするのも本音か。


「…和希様も、すっかり学生生活が板につかれたようですね。食堂のメニューを気になさるなんて」
「うん?」
「いえ、独り言です。――ですが和希様、本日は夕飯のお時間までに間に合いますかどうか…」
「あ、あー…そうだな」


最近はほとんど定時に帰れたためしがない。
会社組織というモノの古い体質はなかなか改まらないもので、無意味な会議ばかりだらだらと続けば、終業時間など意味がなくなる。


「――じゃあ、たまには一緒に飯でもどうだ?石塚とはあまりそんな機会もないし」
「あ…、あ、はい。私でよろしければお供致します」
「………」


突飛な質問にも顔色ひとつ変えない秘書が、何故かこの時ばかりは微妙に言い淀んだ。一瞬のことだったが、上司の眼は見過ごさない。


「なんだ、先約があるなら気にしなくてもいいのに。またそのうち誘うから」
「申し訳ございません…」
「――じゃあ俺も飲みに行くかな、誰か誘っ…」


誰か、なんて考えたとき思い浮かぶのはひとりだけだ。
ビジネスライクな相手ならいくらでもいるが、こういう場面で誘いたいのはやっぱりあのひとしかいない。
退社時間があやふやだから、融通が利くというのも大きい。
未成年という点にはちょっと眼をつぶって、いそいそとメールを送ってみる。







「…やっぱり着替えてくれば良かった」


思いのほか仕事が押して、慌ててスーツのまま、ハイヤーに英明を同乗させて島の外へ出て来たものの、英明は大人っぽいとはいえ私服だし、やっぱりどうにも落ち着かない。


「補導されるのがオチじゃないか?」
「そ…んなことは……ないと思うんですけど」
「高校生だとお墨付きをもらったと思えばどうだ」
「うーん…」


英明に連れてきてもらったバーは、童顔のサラリーマンには敷居が高いような、さりげない配慮が行き届いた店で、それで尚更、無粋なビジネススーツが浮いている気がしてしまう。
隣に座るのが、煙草とショットグラスが嫌味なくらい似会う本物の高校生というのも、それはそれで複雑極まりない。


「…中嶋さんは、補導されたことあります?」
「残念ながら」
「――ですよねぇ」


詳しいことは知らないが、学園に入学する以前もやはりそれなりの生活を送っていたらしいと聞いた。
書類選考で当時の英明の写真を見た覚えがあるが、やはりそれなりに…大人びた容姿だった。まさか産まれたときから老け顔?なんて思いたくなるくらいには。


「でも中学の頃って、空手もやってたんですよね?」
「ああ」
「スポーツに打ち込んでいる人は、節制した生活を送るものだと思っていましたが」
「アスリートが打ち揃って健全だと思う方がどうかしている」
「ですけど煙草は心肺能力の面でも問題があると」
「それも一部の人間の思い込みだ」


思わずため息と苦笑いとが一緒に漏れた。


「……はぁ、中嶋さんって謎な人ですよね。今更ですけど」
「俺にしてみればお前の方がよほど謎だな。いきなり「飲みに行きませんか」だと。それが教え子に送るメールか?」
「教え子だなんて微塵も思ってないくせに…」
「とんでもない。これでも理事長先生には感謝している。何しろ食事から部屋から、挙句私娼までお世話して頂いているわけだからな」
「――ちょ…っ」


いきなり何を言い出すんだこの男は。
狼狽えさせるのが英明の常套手段だってわかっていても、だからって場所をわきまえて発言して欲しい。
しかし動揺したら負けだ。ここは石塚並みの平常心が欲しいところだ…。


「何か間違っているか」
「俺は貴方に春を売った覚えなどありませんよ」
「突っ込むのはそこか?」


ニヤニヤと薄笑いが本当に憎たらしい。


「そういう言い方は誤解を招きます」
「――そうだな。実質飼われているのは俺の方だろうからな」
「………」


何をほざいているのやらと呆れるも、アルコールが入っていつも以上に婀娜めいて見える英明が、頬杖でこちらを眺める眼差しが何より問題だ。
おそらくその影響力も完全に把握した上だから余計に性質が悪い。


「子飼いの俺としては…、早くお前のその邪魔なスーツを剥ぎ取りたいところだが…どうも理事長先生のご機嫌を損ねてしまったようだ」
「な…っ」


なんですかその矛盾極まりない提案は――

吠えるのと、赤面するのと、形ばかりの困惑をして見せるのとで、身辺が一気に慌ただしくなった和希を、全てお見通しといった顔で英明がニヤニヤ持続の見目麗しい顔で眺めている。


どうしてこう自分の周りには、エスパーみたいな人間ばかり集まるのかと首を捻るうちに、さっさとお持ち帰りが決定事項となっている。









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