体育の授業中に、不注意から足首を捻挫した啓太が、
嬉しそうに語ってくれたのは丹羽会長のこと。

他ならぬ啓太のこと、俺だって出来うる限りのことをしたつもりなのに、
その辺はすでに頭から完全に抜けている様子。

いくら同じクラスだからといって、24時間一緒にいるわけにもいかず、
特に放課後は手が離せない事情もあれこれあって、
そんなときに王様が、痒いところに手が届くように細々と世話を焼いてくれたって、
だからますます好きになった――って満面の笑み。

そんな蕩けそうな啓太を眺めていると、ついつい余計なことを考えてしまう。
比べるつもりなんかないのに、これがもし中嶋さんだったらどうするだろうって。

だけどまさかわざと怪我なんかするわけにもいかないし。
そこまで馬鹿じゃないし。


なんてことを考えながらの、学生会室での雑用中、うっかりファイルしていた紙で指先を切った。


「――ッ…!」
「…どうした」
「あ、紙で指を」
「見せてみろ」

じんわりと痛む指先を押さえながら、居丈高な口調の命令に素直に応じて中嶋さんの机に向かえば、
引き出しから取り出した絆創膏を、何でもないことのように傷口に貼ってくれる。
そんな行為だけでも十分意外に感じられるのに、

「何をぼんやりしていたんだ?」

なんて。今日は学生会室に来てから、まだ一度もまともに顔を合わせてもいないのに。

「えぇと、その…」

いきなりの指摘についしどろもどろ。
単なる推量――ただの偶然かもしれないのに、やっぱりこの人には隠し事が出来ないって気にさせられる。

「さっき啓太が…怪我してから丹羽会長がすごく優しいって話をしてて」
「ふん。のろけか」
「そうなんですけど…会長って無骨なばかりかと思っていたので、意外だなと」
「あれは単なるサボりの口実だ。――それで?」
「え…?」
「そんなくだらないことでぼんやりしていたわけじゃないだろう?」

一体何処まで見抜いているのか、中嶋さんは口の片端をにやりと上げてみせる。
でも何と説明すればいい?
優しくしてもらえる啓太が羨ましいって? そうじゃない。

中嶋さんが、さり気なさの中に、ちゃんとあったかいものを持ってるって知ってる。
この指先の絆創膏のように。
なのに――

たまにはわかりやすい態度や言葉が欲しいって思ってしまう…なんて。


「言いたくないことなら構わないが、自分の仕事が気になるなら無理せず行け。
 こちらを優先させることはない」
「そん――…」

そうじゃないんです、は言葉になって出てこなかった。
代わりに喉の奥のほうから、あふれ出てくるものがある。
勢い、中嶋さんの首にしがみ付いて、それを押し留めた。

なんだろう…とても上手くは言えそうにないけれど、

「…遠藤、手元が狂う」
「す…みません中嶋さん」

愚かなことを考えてしまって、申し訳ないって心底思った。
整髪料と煙草の匂いのする中嶋さんが――中嶋さんだから好きなのに。

そんな当たり前のことを、小さな言葉ではっきりと思い知らされる。

「言いたいことがあるならはっきり言え」
「――」

あくまでも冷静な中嶋さんに、他には何も言えなくて出来なくて、
ただただ強く、力を込めて抱きしめる。それだけ。

「遠藤」

責めるわけでも、振り払うわけでもない声が優しいから、余計に遣る瀬無くなって。
何でもわかってくれているよう、なんて、結局甘えているだけなんだろう。


「中嶋さん――大好き、です…」
「…そんなことが言いたくて、さっきから呆けていたのか?」

照れるフリもしないで堂々と言ってのけるから、泣きそうなのに笑いが込み上げてくる――


「――ええ、たまには言っておかないと、忘れると困りますから」
「俺がか?お前がか?」
「そりゃあもちろ――ん…」


繋がる言葉を塞いだのは、大好きな人の、不遜な口唇。





【板割りシリーズ3】
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