夏休みが取れました!と、和希が幸せ満開オーラを撒き散らしながら学生会室に現れた。
英明はといえば、長期休暇中にもかかわらず、平時と同じように学生会業務に追われている。
丹羽は相も変わらず逃走中。今頃海岸で昼寝でもして黒こげになっているんだろう。最早探しに行く手間も惜しい。
世間一般の同級の奴らならば、受験を目前に夏期講習だの予備校の合宿だのに眼の色を変えている時期だというに。


「――それは好都合だ。みっちり働いてもらうとするか」
「え? …え?」
「そのためにわざわざ報告に来たんだろう?夏休みだというのに、丹羽の尻拭いをする俺を憐れんで」
「王様、帰省しないのにやっぱりサボってるんですか? 居心地のよすぎる学園も問題ですね…ってそうじゃなくって!
 やっと何とかまとまった休みが取れたので、旅行でもどうかなーと打診に来たつもりなのですが…」
「旅行?」
「はい。受験生という点は、ちょっとだけ眼を瞑りますから」
「理事長のセリフじゃないな。…で、どこへ行くつもりだ?」
「それを今から検討しようかと。ぎりぎりなんで、エクスペディアにでも検…」
「エクスペディア?お前がか?」
「はい、何か問題でも?」
「ちなみに休暇は何日だ」
「えーと、三日か四日…くらい…ですかね」
「それでまさか海外に行くつもりか」
「それは今からご相…」
「――お前、クマの限定グッズが欲しいだけじゃないのか」
「そ…んなことは…」


その通りですと言わんばかりに和希は露骨に眼を逸らし、頬を掻いている。


「えーとじゃあ海!海にしましょう、王様と啓太も誘って」
「何…」
「海なら人が多い方が楽しいでしょう?浜辺でお城も作りたいし。中嶋さんは付き合ってくれなさそうだし」


誤魔化すならもう少しうまくやれだとか、砂の城だ?お前は自分の歳を考えたことがあるのかとか、 そもそもエクスベアは可愛げがないだろとか、一体どこから突っ込めばいいのか。


「海なら徒歩1分だ」


ついと窓の外を指差してやる。岩場ばかりで浜辺は少ないが、海には違いない。それもぐるりと360度のオーシャンビュー。


「駄目ですよ。海の家がありませんから」
「海の家…」


丹羽や伊藤はともかく、この男が海の家にちんまりと居る姿はあまり想像できない。それを指摘しようとしたが先手を取られた。


「王様と中嶋さんが海の家で並んでいる姿を想像したらすごいと思いませんか?水着姿で焼きもろこしとか焼きそばとかを食べているところを、 泳ぎに来た女の子たちがこう…遠巻きに見てるんですよ。きゃーとか言いながら」
「遠藤…」
「はい?」
「…ちょっとこっちへ来い」


英明のぞんざいな手招きに応じて、和希は素直に机の傍までやってくる。
とても理事長とは思えない言動に、英明はひとつの結論を下した。


「なんですか?中嶋さ…」
「――お前、少し働き過ぎだろう。休暇は休暇らしく大人しくしているべきだな」
「…どうしたんですか?急に」


椅子に座った英明を見下ろす位置に立ったせいだろう、和希は急に年上風を吹かせ、


「それを言うのならこっちですよ。王様が仕事をしなくて忙しいのは分かります。でもちょっと無理し過ぎですって、中嶋さんは。たまには息抜きしてもらわないと」
「…それで旅行に連れ出そうという腹か?俺はいいダシにされるわけだな」
「ふ…いいですねソレ。――じゃあ、何処へ行きます?ゆっくりできるところ…」
「丹羽が居ないなら何処でも」
「王様が聞いたら何て言うでしょうね」


英明の首元に両腕を絡ませて、和希が艶やかに微笑う。


「さぁな。却ってせいせいするんじゃないか?」
「困ったものですね…学園に残って学生会業務をこなさないなら、実家に強制送還させるように取り計らっておきますよ。そのほうが中嶋さんも安心して出掛けられるでしょう?」
「――悪い理事長だな」


英明は逆に、相手の柳腰に腕を回して引き寄せる。
しなやかな肢体は、ゆっくりと英明の手の中に堕ちてきた。


旅行の計画どころではなくなりそうな予感がする。
いつものことだと言われればその通りだが。









【なつやすみ 】2012 monjirou
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