「――あ、そうだ中嶋さん」 もう少し以前だったら何の躊躇いもなく伝えられたであろう連絡事項も、今はちょっとだけ言葉が重い。 「来週…から出張なんです。二週間ほど」 遠慮とは違う。伝えるのを躊躇したのは、つまりそれだけ…情が深くなったってことなのかもしれない。 だって以前は知らなかった。ただ冷たい印象しかなかった英明に、深く抱き寄せられて眠りに堕ちるなんて。 事後に、相手に見向きもせず去っていくようなイメージしかなかったこの人に。 まだ熱の残る互いの素肌がしっとりと触れている。 離れがたい温もりを置いて、長く学園を離れるのは切ない。 「…二週間も俺がいないからって、浮気はナシですよ?」 軽口くらいでしか、遣る瀬無い気持ちを誤魔化せない。 「――お前こそ」 「俺は浮気なんてしませんよ。第一仕事に…」 「四六時中、他の男と一緒にいるわけだからな」 「………誰のことを指しているのか知りませんけど、それは杞憂というものです」 秘書にまで疑いの眼を向けられたら、仕事なんて出来やしない。人の気も知らないで。 「――同じことだ。お前の余計な心配も」 「あ…」 「そんなに気がかりなら、毎晩電話でもして居所を確認することだ」 浮気などしないと、そこまできっぱりと明言する中嶋英明が、どれほど貴重かわかっている。 和希の言葉はそれこそ冗談の延長みたいなもので、端から浮気を疑ったわけではもちろんない。 「…そうだな、そのついでに」 「ついで?」 「電話口でお前のイヤらしい声でも聴かせてもらえれば、浮気防止にはかなり有効な手段になると思うが?」 「………」 甘い言葉でうっとりさせて地に叩き落す…本当にこの男は。中嶋英明と言う人間は。 「――お前だって自分で処理することもあるだろう? それだってついでだ」 「え?」 何を言われたのか皆目わからなかった。そのうちに英明の手がするりと動いて、和希の胸元を弄り出す。 「…っ…」 指の腹で巧みに擦り上げられると、さっきまでの熱がまだ燻る肢体は、すぐに蕩け始める。 が、英明の手は急に和希の手を取り上げ、和希自身の胸へと導いた。 「自分で触ってみろ」 「そっ…」 嫌だなんて言える場面じゃなかった。もうすでに自分の掌の中に、立ち上がった突起があった。 「固くなっているな」 「――ん…んっ」 絡んだ英明の指に教えられるまま、自分の指で先端を摘んだ。 「――自分で弄らないのか?」 「しませんそんなこと…っ」 ムキになった和希を微笑い往なすと、英明は更に強くそこを押し潰した。 「…いっ――あ」 痛みと強烈な快感が、同時に押し寄せる。脊髄を駆け抜け、腰の奥へと集中する。 「じゃあお前…、普段はどうしているんだ。義務的に出すだけか?」 「………少し前…までは…忙…くてそれどこ…で、は…」 「なら今は?」 「今…は……っ、…かじまさんが――…」 さっきから続いている言葉責めの意味がようやく理解できたばかり。それを消え入りそうな声で訴えても、相手は容赦なく続きを要求する。 「俺が?なんだ」 「今は…中嶋さんがい…るので、自分ではし……」 そこまでが限界だったが、納得したのか英明は少し身体の密着を解くと、褒美だとでも言うように和希の胸元に舌を這わせた。 「――っ…ん!」 それも、そこに留まっていた和希の指ごと一緒くたに舐め上げられ、背が反り返った。 「どうした。続けていいぞ」 遠回しな命令に、おずおずと指の動きを再開した。 ぬめった感触が嫌悪感を催すのに、身体はさっきよりずっと敏感になっている。 「…っふ…ぁ」 「少しは上達したようだな」 「………」 「そのうち自分でもそこだけでイケるようになる。いい機会だと思えばいい」 「…毎晩貴方に……電話でレクチャーしてもらって、ですか…?」 「あぁ、浮気防止には完璧な策だろう?」 勝手な理屈で出張中の2週間も?ずっと?こんな有様? 「そんな真似を…するくらいなら、貴方を連れて…行くほうがずっとマシ…ですよ……」 無論本気じゃない。そっちのほうが数倍恐ろしい。 しかし英明は、眼鏡のない眼をすうっと細めて、 「――いいだろう。予定を空けておく」 「ちょ…!冗談ですって。どれだけ授業休むつもりですかっ」 せめてもう少し、まともに切り返せないのかと自分を呪いたい。これでは相手に付け入らせるだけなのに。 「公休扱いにすれば済む。出席日数は十分なはずだが、さすがに単位までは無理だろう。公務随行でも」 「あ…たりまえです。大体、石塚になんて説明す…」 「夜専用の第三の秘書とでも。ダッチワイフとでも」 「――」 開いた口が塞がらなかった。 …向こうも本気なわけがない。わかっていても妙に焦る。 まさか?って。 −了− 【扇情】 Copyright(c)2011 monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |