一年前の今頃は、これからまた退屈でうんざりするような一年が始まるのだろうと思い辟易していた。
3年に進級し、そのうち受験を迎えるが、それさえ刺激的な材料にはならないことも凡そ見当がついていた。
卒業までの400日余りをどうやってやり過ごそうか――と。




英明はベッドを出て、窓を細く開けると煙草に火をつけた。
闇の中に、青白い炎が小さく現れて消える。
結果的にはこの一年…正確には後半の半年のうちに、英明の身辺はめまぐるしく動き、大いなる心境の変化というものに遭遇した…


「――わけ、だ」


くっと顔を歪めて自嘲し、英明は今しがたぬくもりを置いて出たベッドを眺める。


例えば事後、シーツにくるまる相手を煩わしいと思わなくなったのは、確かに大きな進歩と言える…かもしれない。
事が終わればもう用済みの相手に何の感慨も抱かないのが当たり前。
それが今ではどうだ。


開いたままのサッシに背中を預けた英明の口元に、優しい微苦笑が浮かんだ。
視線の先には、乱れたシーツに手脚を投げ出し疲れ果てて眠る男の姿。


多忙を極める若きエグゼクティブは、年末年始と文字通り飛び回り、年が明けて4日、ようやっと、と言った顔つきで英明の前に現れた。
明けましておめでとうございます――と告げた、何処となく照れ臭そうな和希の表情に、鉄面皮も思わず緩む。
冷血漢と名高い英明が、恋人をぐずぐずに甘やかすような面も持ち合わせているなどと、おそらく英明を知る誰もが信じまい。
帰寮してそのままこの部屋を訪れたのだろう、冷え切った和希の肢体を胸に抱き、指先で髪を梳く。背中を撫でてやる。
英明の前では極力表に出さぬよう努めている、疲労の色濃い和希をいじらしいとさえ感じ、労わってやりたいと――無論力ずくで組み伏せようなどと――思わずにいたのだが、
久々の逢瀬が火をつけたのか、逆に和希のほうから積極的に英明を求め、全てを投げ出すようにして…挙句意識を手放した。


どんなに乱れても、最後まで矜持を捨てない和希には白いシーツがよく似合う。
…と何故だろう不意に思う。


英明の部屋のリネンは濃色で、そこにくるまる和希は何処かしら妖艶なイメージ。一方和希の部屋のシーツはほとんどが白。
白い波に翻弄されているような和希は、より一層淫らに、英明をも溺れさせる。


煙草を1本吸い終わり、室内の換気も完了した頃合を見て窓を閉め、英明は再びベッドに戻って、静かに眠る和希の脇にそっと潜り込んだ。
息を潜めていたつもりだが気配に気づいたか、完全に沈没していたはずの塊が、むくりと寝返りを打って、英明の胴に両手を回してしがみ付いてきた。


「……遠藤」


どうも寝惚けているらしく呼びかけには返答せずに、もごもごと閉じたままの眼で何やら呟くのが聞こえた。


「――中嶋さん、浮気は、いけませんー」
「………」


夢でも見ているのか。何処から湧いた疑念か知らないが。
浮気など、するわけがない。


――お前の存在がそうさせない…


「なかなか…会えなくて、も…俺」


…俺?


しばらく黙って続きを待ってみたが、残りを口にすることなく和希は再び寝入ってしまったようだ。
もしかすると、仕事にかまけて英明を放っておいた、と歳上の恋人は気に病んでいるのかもしれない。
だとしたら続く言葉は、俺のことを忘れるな――だろうか。


腰に張り付いた和希ごと、体勢を整え直し、肩まで上掛けを引き上げる。


「おやすみ」


夜明けまでまだ幾ばくかの時間がある。
またしばらくお預けになりそうな香りと温もりをしっかりと両腕に抱え込んで、穏やかな眠りに、落ちていく。
新しい年。去年の今頃は、こんな憂いも想いも知らなかった。








【迎春2011】
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