「あ、英明負けてしまいましたね」


朝刊をめくりながら和希が呟く。
別段興味もなく、ただ英明が顔を上げると、和希は新聞の見出しをわざわざ眼の前に差し出してきた。


「昨日の甲子園、…えっと香川の代表校ですね」


紙面上、文字で示されればなるほどと思う。えいめい、と音で聞かされてもピンとは来ない。


「それがどうかしたか」
「組み合わせを見たときから気になってたんですよ。やっぱり貴方と同じ名前ですし。残念――…」
「………」
「えっ?なんですか?」


「――お前が俺の名前を知っているとは意外だと言ったんだ」


英明の言葉に、和希は本気できょとんと眼を丸くした。


「あ…たりまえじゃないですかそんなの」
「一度も呼んだことがないくせにか」


「…呼んでも――いいんですか?」


僅かの間を置き、和希は大人びた表情で逆に問う。
拗ねたようにも受け取れ兼ねない発言を、歳上の余裕で聞き流した風に。


「お前の好きにしろ」
「じゃあお言葉に甘えて…英明さん、よかったら今度――」
「さんは余計だ」
「……それだと呼び捨てになっちゃいますよ?」
「元々お前の方が歳上だ、何の問題もない」


まるで納得がいかない――そんな顔で和希は首を傾げた。


「俺は別にいいんですけど…英明…英明……なんかしっくりきませんね」
「敬語だからだろう」
「えっ――? でもそれは…、あっもしかして何か企んでます?」
「人聞きの悪い事を言うな」


そう答えながらも、含み笑いを隠し切れない。
本当にただ単純に――お前に名を呼ばれたかっただけだと言ってみたところで、
どうせ信じはしないだろうな。








【2010夏の甲子園】
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