寒くて眠れない。手も足も背中も、布団に入っているのにちっとも温まらない。
改めて考えれば、つくづく自分は恵まれている人間なのだろうと思う。
寮も自宅マンションも実家も、出張先のホテルだって、冷暖房はもちろん空調は完璧で、外に出ることがなければ季節を忘れてしまう。
与えられるものを漫然と受け止めるのはよくない。驕るつもりはなくても、見えなくなるものは多い。


…それにしても寒い。部屋の中とは思えない。底冷えの寒さだ。しんしんと床から戸の隙間から冷気が忍び寄ってくるようだ。
そっと何度目かの寝返りを打ち、隣の布団を窺う。連れは静かに、寝息も立てず眠っていた。
やはり若いから、寒さよりも睡魔が勝るのだろうか。思い出す彼の人の体温は、そう高いほうじゃなかった気がするけれど。


…こっそり隣に潜り込んだらダメかな…ダメだろうな。
その懐はとても暖かく、魅力的な空間に思える。でもせっかくの安眠を妨げるのは本意じゃないから。


再び寝返りを打って、その人に背を向けた。手足を縮こめて、鼻先まで布団に潜り込んだ。
運がよければそのうち気まぐれな睡魔もやってきてくれるだろう…たぶん…


「――!」


無理矢理眼をつぶった途端、いきなりの衝撃が背後からやってきて、声にならない悲鳴を上げた。


「な、中嶋…さん…?」


どう考えを巡らせたって、原因はその人しか思い当たらないのに、何の返事もない。
背中にぴったりと密着した誰かの体温は、記憶にあるものよりずっと熱い。
強引にではなく、じりじりと隣の布団から侵略してこちらの布団に自分のスペースを確保したあとは、 抱き枕の如くに冷えた肢体を両腕両脚でしっかり羽交い絞めして、その間一切無言。
外耳の真横に落ち着いたらしいその人の鼻腔からすぐに寝息が聞こえてくる。
子どもは眠いとあったかくなるんだっけ…?
本人の耳に入ったらお仕置きモノの、そんな戯れ言を思い浮かべるうち、いつしかぬくもりと共に 睡魔も伝染してきたようで、つられて目蓋が重くなってきた。
そこから朝まで、至上の眠りは続いた。





「…肝心な部分を端折るな」


――人がせっかくいい話でまとめようとしてるのにッ!
どうしても黙ってはいられない性質なんだろう。こと、得意分野に関しては。


腕の中で目覚めた翌朝…やっぱりほら、中嶋さんもああ見えて若いから、つまり…つまりそういうことで、 腰の辺りで存在を主張してるそれに気づかないフリをして、そーっと布団から起き出そうとした…ところを後ろから襲わ…れた…というのがコトの顛末。


「お前はシチュエーションが変わると異様に燃えるようだからな」
「え…?えぇッ? そ、そんな…ことは……」
「畳に布団も、朝の時間帯も、なかなかの趣向だったろう?」


力いっぱい否定したかったが、如何せん分が悪すぎた…確かにちょっと、興奮の度合いがいつもと違っていたかもしれない。 一応自覚はある。でもそれは…


「――中嶋さんだって…も、盛り上がってたと思いますがッ?」
「ああ、悪くなかった」


…って、しれっとそんなこと見目麗しい顔で言わないで欲しい。こっちが赤面す……


「だが遠藤、状況の違いであれだけ激しく燃えられては、普段の俺の立場がないとは思わないか?」
「……え?」


何だか急に雲行きの怪しくなる空。雷雲立ち込める。そんな気配がびしびしと。びしびし、と…?


「お前は無能だと指摘されているようで気に食わない」
「そ…っ」


そんなことは断じてないと必死で首を振る相手をせせら笑うように、中嶋さんがじりっと間合いを詰めてきた。


「体温の高いガキが相手では、お前はもう満足できないんだろう?」
「――っ」


絶対口に出してない筈の呟きが、恐ろしい速度で脳内再生された。どうして知ってるんですか?じゃない!


今夜は別の意味で眠れないんだろう、おそらくきっと。








【朝朗/あさぼらけ】
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