大体、他人の嫌がることをわざわざやる心境が、全く理解できない。憤慨しつつ呟くと、相手は心底面倒だという顔を和希に向けた。


「お前の考えは根本から間違っている」


お仕置きはそもそも罰なのだから、好むことをするはずがない。


「――まぁお前の場合、例外的に、十分愉しんでいるようだが?」


ニヤリと口の端を上げ、英明は微笑う。


「だ――誰がッ!」
「×××を×××に突っ込まれてよがっているのは一体誰――」


ぼすっと自分に向かって飛んできたクッションを首の動きだけで華麗に避けると、


「痛いところを突かれると、人間誰しも本性が現れるものだな」
「あれは…ッ 俺の本心じゃありませんから!むしろDVものですよ…こっちがお仕置きしたいくらいだ」
「そのチャンスをみすみす潰したのはお前自身だ」
「そう!それなんですよ!」


いきなり食いついてきた和希に、諸悪の根源は、やや呆れた表情を浮かべた。


「この前リセットした分のお仕置き――色々考えました。いいですか?」
「言ってみろ」
「たまには――優しいところを態度で見せて欲しいです」
「…それはおねだりと言うんじゃないのか?」


さすがに苦笑を隠しきれない英明に、ソファの上で別のクッションを胸に抱え込んだ和希は、到って真剣な眼差し。


「だって、優しくしろ、じゃヘンですし」


そもそも、お仕置きを実行する側が受け身なのがおかしい。だけど英明に対して何か行動を起こすのは、問題が多いばかりで危険すぎる。 外へ連れ出せばあの有様だった。


「――俺は常に優しくお前を扱っているつもりだが。特に優しくしろと念を押すくらいだ。ベッドの中限定、の意味でいいんだな?」


英明はソファの前までやってくると、邪魔なクッションを取り上げ脇へと放り、


「違ッ…」


勝手なことを、と叫びかける和希を、その力強い両腕に悠々と抱え上げた。


「――わッ!?」
「違うのか? まさか甘ったるい台詞でも囁いて欲しいわけじゃないだろう?」
「………」


抱きかかえられている体勢で暴れるのは得策じゃない。大人しく英明の首に両腕を回して、和希はまじまじと麗しの暴君…もとい、愛しい恋人の顔を見上げた。


「――なんだ」
「…いえ、中嶋さんってそういうカテゴリなさそうだなぁと思ったもので」
「………」


これでも一応気を遣い、遠回しにオブラートでやんわり包んでみたつもりだが、和希から窺えない顔の上半分で英明がムッとしていたのに気づかなかった。
ベッドにそおっと、それはそれは優しく横たえられ、英明自身は端に腰を下ろすと、上体を捻るようにして、和希を見下ろしている。


「中…」


何か考え込む風の表情に、声を掛けようとしたが、英明は黙って和希のほうに片手を伸ばし、頬に触れてきた。
手の平全部で包むように、なぞるように、ゆったりとした仕種で、額や耳にも、柔らかなぬくもりを残していく。


「…綺麗だな。とても30前とは思えない」
「ぐふッ!?」


思わず吹き出したのは、おそらく正しい反応だったが、適切な判断ではなかった。英明の眉に不快感がくっきり刻み込まれる。


「ななななんですかいきなり」
「…歯の浮くような台詞が聞きたかったんじゃないのか」
「え…?」


にしては、余計なひと言もくっついていたような。まさか照れ隠し?


「あのーそんなに無理しなくても…」


あ、眉間の皺が。


「無理かどうかは、そのうちわかる。…優しくして欲しいんだろう?思う存分――」


可愛がってやる、と前歯で耳朶を噛まれて、正直に背中がぞくぞくした。




英明流の優しさであるところの焦らしプレイと、ここぞとばかりに吹き込まれる甘い誘い文句の二重の責め苦に揺さぶられ、
結果的には「お願いもっと」とせがむはめになり、この勝負やはり和希の負け。
というより始めから、お仕置き云々に異議を唱えることが間違っていたのかもしれない――


いや、そんなことは絶対にない。専横に屈するべきではない、と逡巡は続いて、今日もまた陽が昇る。





【今月はお仕置き月間】
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