「――ヒデの野郎に、お仕置きの理由を訊くなんてのは、愚問でしかねぇよ」
「ぐもん…」


最初啓太の頭にその単語がひらがなで浮かんだ。少し考えて正しく漢字変換されたが、


「それってどういう意味ですか?」
「あ?そりゃあお前、訊くだけ無駄だってことだよ。返り討ちに合うのがオチだな」
「はぁ…」


いつ何時発動するかわからないお仕置き。唯一、中嶋さんの機嫌を損ねるのがスイッチだということだけ――…


「…あのー王様」
「ん?」
「王様は、お仕置きされたことあるんですか?」


啓太や和希より、長い時間中嶋さんと行動を共にしてきた王様は、その上中嶋さんのスイッチ押しまくってたであろうことくらいすぐに想像できる。


「――王様?」


豪胆無比で知られる会長は、急に無口になったかと思うと、見る間に顔色が白から青に変化して、更に眼は虚ろ。


「お、王様?どうしたんですかっ?」


口元が小さく何やら呟くように動くがよく聞き取れず、啓太は口元に耳を近づけてみた。


「ネ、ネゴ…ネゴ……」
「――」


啓太の言葉が引き金になって、どうやらお仕置き時の記憶がフラッシュバックしたらしい。


「王様!ネコはいませんから!大丈夫ですよ!」


「――お…おぉ?」
「よかった!王様、びっくりしましたよ」
「あ? どうした啓太、なんかあったのか?」
「え…?」


綺麗になかったことになってる…? 恐るべしお仕置き効果? さすがは副会長…
それに、お仕置きはセクシャルな方面ばっかりじゃないんだな。なるほど。


「そういえば、今日は中嶋さん、珍しくお休みなんですか?」
「ああ、ヒデならお仕置きされに行ってるってよ」
「…はい?」











「な、中嶋さん! も少し、離…」
「――何を慌てている。そもそもお前が言い出したことだろう」
「そう…いや、そうじゃないでしょう!」


周囲からの、如何にも奇異なものを見るような不躾な視線や、ひそひそと囁きあう声が、矢のように刺さって息苦しい。
正直居たたまれない。今すぐこの場から消えてなくなりたい。


あんまり和希が、お仕置きお仕置きと文句を垂れ流すものだから、ある日中嶋さんは唐突に、


「――そんなにお仕置きが不満なら、お前も同じように行動してみればいい」
「…は?俺はそんな変態趣味は持ち合わせていませんよ」


憤慨しつつ言い返せば、


「別にSMだけがお仕置きでもない。芸がなさ過ぎる」
「ハァ…」


そんなお仕置きの薀蓄、どうでもいいんですが。


「まんじゅうこわい」
「はい?」
「落語だ。知らないか」
「知ってますけど…」


それが…何? 悪人顔でにやりと笑っているような相手の話に乗るのは危険極まりない――ことは百も承知だ。


「まんじゅうが怖いと騙して、好物を貢がせる話ですよね。それが?」
「わかりやすい例えだろう?」
「………」


えーっと、恐ろしく欠落した部分を補って推察すると、つまり、中嶋さんの嫌がることをしてみればいいと?
仮に曲解していたとしても、説明を怠けるほうが絶対的に悪いと思う。


「あの…本気――ですか?」
「それでお前の気が済むのならな」
「………」


そりゃあ今までのあれやこれやを一括清算できるチャンスには違いないが、当然、罠かもという不安はつきまとう。


「ですけど…中嶋さんの嫌がるようなことなんて思いつきませんよ?」
「そこまで世話を焼くほど馬鹿じゃない」
「えーそれじゃあ…」


余裕たっぷりな態度で、和希の出す結論を待ち構えているそのひとに、一体どんなお仕置き案を突きつければ、効果的にダメージを与えられるのだろう。
自分でもおかしいとは思うけれども、あれこれ思案のうちに、どうもなにやら高揚する気持ちも混ざってくるようで…妙な按配だ。
お仕置きって案外奥が深い…いやいや、乗せられてどうする。


「――じゃあ中嶋さん、デート、しませんか?」
「…別に異論はないが」
「但し、俺と手を繋いで街中を歩いてください」
「………」


一瞬押し黙った相手に、内心、勝った!と快哉を叫んだ。
絶対に拒まれる確信はあった。中嶋さんは、密着するのは好きだけれど、それを見せびらかすような真似はしない。


「いつがいい」
「えっ…」
「予定だ。多忙なのはお前のほうだからな」
「あー…」


――あぁッ!?







「――くっ、くっつきすぎですって!」
「お前の出した条件を呑むには止むを得ない」
「くー…ッ」


結果だけ抜き出せば、和希の読みが甘かった、と断定せざるを得ない。
そもそも英明が拒むことを前提に出した条件だったから、拒否されなかった場合の展開などまるで頭になかった。


「――時折迂闊なのが、お前の理解できないところだな」
「肝に銘じます…」
「褒めているんだ。勘違いするな」


くくっと如何にも楽しげな様子で、隣を往く人は更に接近を図ってくる。
"手を繋ぐ"を遥かに凌駕して…いるん…ですけど…中嶋さん…


すれ違う人々も、単に手を繋いでいるだけならおそらく、男同士という点を考慮しても、ちらちらと盗み見する程度じゃないかと思う。
びったりと並んで隙間なく張り付き背中に腕を回し、腰を抱いて、そのうち尻でも掴みそうな――ふたり連れなど、海外でならいざ知らず、国内ではまず…見かけない。
矢のような視線を浴びるのも無理はない…『これは罰ゲームです』のプレートでも首から提げて歩けたらどんなに…っ!


「もっと楽しそうな顔をしたらどうだ、せっかくのデート、だろう?」
「…中嶋さんは楽しいですか…?」
「いや、ちっとも?」


のうのうと、ひょうひょうと嘯く横っ面を、できるものなら張り倒したい…!


「こ、これじゃあ全然お仕置きになってませんし、改めて仕切り直し、しませんか…?」


実現不可能と承知の上で、なるべく低姿勢で切り出してみる…


「二度もチャンスが巡ってくるほど、世の中甘くないぞ?」
「――だ、だから…っ、近いですって!」


睫毛を数えられそうなくらい近間から、その人の眼が覗き込んでくる。
どこまでもアップに耐える…憎らしいほど秀麗な面。悔しいけれど眼が離せない。
きっと誰だって――こんな条件下でなくても――強く眼を惹かれてしまうだろう。


あ…っと、そこで閃くものがあった。


「…中嶋さん、ひとつ思いついたので、今回はこれで……」


「なかったことにしたいのなら、それなりの手順を踏んでもらうが、いいのか」
「え…?」


それって…お仕置きをキャンセルするのに更にお仕置き?って? 嗚呼、本当に何が何やら。




…もう、どうにでもして。





【今月はお仕置き月間】
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