『――中嶋さんっ!緊急事態ですっ』


三月末から四月頭、学園を卒業し、入試をクリア、大学の入学式を待つまでの期間は、
本当に一切のしがらみから解き放たれた自由な時間だった。
役立たずの丹羽を探し回る必要もなく、うんざりするような書類に追われることもない。
うらうらと春のぬくもりの中、いくら惰眠を貪ろうと、誰をも憚ることはない。


…はずだった。


『中嶋さん!聞いてます!?』


時計を見れば、まだ正午前。学園は現在春休み中。お前、仕事はどうした。


「何事だ…」
『大変です!寝てる場合じゃありませんよ』
「だから何…」
『学園がテロリストに占拠されました』
「………」


あぁまさしく春だなぁと、唐突に納得した。


『中嶋さんっ』
「がなるな、それで?」
『それでって…助けに来てくれないんですか』
「……敵は何人だ」
『えーーーーっと…30人…くらい?』
「武器武装は」
『マシンガンのようなものを担いでいます。ほらあの、ロッキーみたいな』
「ロッキー?」


フードを被りトレーニング中のボクサーが、テーマ曲と共に脳内再生されたが、


『…ソレ違うよ和希っ』


電話の向こうで、こっそり訂正する気配――


『え…? あ!――す、すみません、ランボーでした』
「成程、スタローンが大挙して押し寄せてきているわけか。
 テロリストに狙われるとは、お前もなかなか出世したものだな」
『そ、そう…ですか?でもこれって非常事態ですよね?』
「ランボー30名に勝てるのはおそらく、丹羽の父親くらいだろうな」
『………あ』


テロといえば公安、の単純極まりない図式に、この優秀な頭脳が気づかないわけもないだろうに、
今頃思い当たったように放心する和希の脇で、更に突っ込む声がする。


『だから言ったのにー』
『だって啓太…』
『中嶋さんにはそんな設定通じないって』
『そりゃあ細部が甘かったのは認めるけどさ…』


こいつら…


『――あれ?和希…なんか縮んでない?』
『いきなり何…って、あ、啓太、背が伸びたんじゃないか?』
『え?そうかなぁ』


唐突にコント第2幕開始。勝手にやってろ、と携帯を放り投げかけたが、


『あーやっぱり成長期なんだなぁ』


ヤケにしみじみと感慨のこもった和希の声に思い直して、再び耳をそばだてた。


『そりゃあオレ、本物の16歳だし?』
『啓太ぁ…』


伊藤の前で、なんて声を出すんだお前は…


『なぁ和希、もしオレの身長が中嶋さんより高くなったらどうする?』
『え?どういう意味だ?』
『だからぁ、そういう意味ー』
『啓太、ちょっと、くすぐったいって…!』




結論から言えば、その5分後には、先日納車されたばかりの車のキーを掴み、部屋を飛び出していた。


学園の門を顔パスで強引に突っ切り、寮の、和希の部屋に直行した。
他の場所にいる可能性だってあったはずだが、根拠のない確信は見事的中した。




「――な、中嶋さん!?」


自ら呼び出しておいて、その異様な慌てっぷりといったらどうだ。


「テロリストは解散したようだな」
「あ…それはえぇっと」


取り繕った笑みに、怒る気も失せた…


「あの…中嶋さん」
「なんだ」
「どうか…したんですか?」


――はずだったが、ピキっと額に青筋が立つ。


「朝っぱらからくだらん招集をかけたのは何処のどいつか、その老化気味の頭に教えてやろうか」
「いえあのそうじゃなくて…まさか本当に来てくれるとは思わなくて」
「さすが理事長殿はいいご身分だな。人を右往左往させて高みの見物か」
「………」


和希は黙り込み俯いて、つ、と英明の袖口を指先で摘んだ。


「――ごめんなさい…」


控えめな謝罪に応えて、小ぶりな造りの頭を胸元に引き寄せる。


「…啓太が言い出したんです。シナリオは俺ですけど…あ、でも怒らないでやってください。
 俺が貴方に逢いたがってたせいなんで」

「――そういえば、伊藤はどうした」


和希の顔を見た途端、何もかもどうでもよくなったらしい。
存在の有無どころか、存在そのものがすでに頭になかった。


「さっき部屋に戻りましたよ。中嶋さんはそのうち絶対来るからって言って…あ、そうだ」


顔を上げた和希は、ポケットを探ると、携帯を取り出し、


「啓太が…中嶋さんが来たら開いてって言ってメールを」
「なんだ?」


操作していい、と新着メールの画面ごと渡されて、仕方なく手を差し出したが、
中嶋さんへ、の件名の下に現れたのは、



『エロテロリスト参上!』



「……笑えない冗談だな…」
「――なんでした?」


ひょいと手元を覗き込んでくる和希に、画面を開いたまま渡してやる。


「…どういう意味です?これ」
「さぁな」


深読みしようと思えばいくらでもできそうな伊藤の…本音?
伊藤自身のことを暗に示している様でもあるし、逆に英明を皮肉ってるようにも受け取れる。


「どっちがテロリストだ全く」


が、せっかくの根回しを台無しにすることもない。


「伊藤の期待に応えてやるとするか」
「…はい?」


まるで理解の追いついていない顔を両手で挟みこんで、額を寄せる。


「確か…今日嘘をついてもいいのは午前中だけだったはずだが」
「あ、そうです確か」
「なら、午後は嘘を現実にする努力をすべきだな」
「それは…初耳ですけど…」


今考えた、と文句を先に封じ、


「行くぞ」
「…え?何処へ?」
「そうだな――花見でも何処でも。お前の希望通りに」
「えっ?」
「なんだ」
「い、いえ…それも今日のネタなのかなって…」


本気で疑ってかかる眼差しに、過去の自分を少しだけ省みてみる。


「――それなら…4月1日限定でお前に奉仕する日、というのはどうだ」
「…それは、午前と午後の、どちらの意味で受け取ればいいんですか?」


話がややこしくなってきたらしく、和希は混乱した頭を軽く捻った。


「一日中お前と一緒にいるなら、どちらでも同じだろう?」


明瞭な答えを提示してやると、ようやく(か無理矢理か)納得した顔で微笑んでみせる。

この笑顔に四六時中べったり張り付いて、
触ったり苛めたりかじったりしたい…と思う自分は十分foolだろうか。









【四月馬鹿'09】
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