雪が降っていた。
視界に映る光景は一面白、すでに陽も沈みきっているというのに、
降り積もる雪の錯覚でか、辺りは明るく見える。


そこに、中嶋さんが居た。
丈の長いコートを着て、穏やかな微笑みと共に、雪の中に立ってこちらを見ていた。


「中嶋さん」


呼びかけた気がするのに届かなかった。


「中嶋さん…!」


胸がざわついて落ち着かなくて、もう一度呼び声を上げたとき、
いきなり強い力で抱きしめられた。


――あれ…っ?
何処に…居たんだろう俺。


暖かな温もりはきっと嘘じゃないのに、自分が自分でないような気がする。
それがどうしようもなく苦しくて、切なくて、泣きそうになって、眼が覚めた。
ホッとしたのと同時に、何故かひどく懐かしい気がして、しばらくベッドの中でぼんやりと動けなかった。


この光景に、以前何処かで出逢ったことがある…
そんな思いが、何処からともなく湧き出して、余計に遣る瀬無かった。




「…それって、デジャヴとか言うんだよな?」
「そんな、大袈裟だろ」
「デジャヴって、前世の記憶とかって説もあるんじゃなかったっけ」
「啓太…それ誰の受け売りだ?」


真顔で問えば、啓太は顔を真っ赤にしてむくれる。
いかにもあの人が好みそうなネタだよな。前世、デジャヴ…


「怒るなって、啓太。――そういえば、夢の中で見た中嶋さんのコート…」
「コート?」
「うん。妙にレトロだった気がするよ。そう言われれば、だけど」
「へぇ!じゃあやっぱり本物かも。前世でも恋人同士だったらスゴイよな!それって運命の…」


「――どうせ仕事をサボるなら、もっと有意義な話をしたらどうだ。伊藤」
「へ…あッ!」
「あ、お帰りなさい中嶋さん」


鬼の…モトイ、副会長の居ぬ間のナントカの、他愛ないお喋りを、一体いつから聞いてたんだろう?
全然気配に気づかなかったけど…




その日の帰り路。
ふたりで寮まで歩く道すがら。
すっかり陽は落ちて、すでに空気は夜。


隣を歩く中嶋さんの制服の肩先を何気なく見ていて、啓太との会話を思い出した。
夢の中の中嶋さんは、中嶋さんであって中嶋さんでないような。
顔形は似ていても、中身は別人――そんな気がしてしまうのは、やっぱりさっきの話の影響?


「中嶋さん、さっきの…啓太との話ですけど、何処から立ち聞きしてたんですか?」
「…堂々とサボリを自己申告した上に、人を悪者扱いか?見上げた神経だな」
「はぁ…」


どうしていっつもひと言(それ以上?)多いんだろうこの人は。


「それは失礼しました。立ち聞きは訂正します」
「――前世がどうの、と言う件/くだりからだ」
「あ、そうなんですか…」


それじゃあ夢の話は耳にしてないってことか。
どう説明したところで、きっとこの人にはどうでもいいことなんだろうと思いつつも、好奇心が勝った。


「…中嶋さんは、前世とかってどう思います?」
「くだらない」


あ、やっぱり…


「お前まであのオカルトオタクに感化されたか」
「そういうわけではありませんけど」
「前世があろうとなかろうと、俺は俺だしお前はお前だろう」
「……」
「なんだ、不満か?」


十分予測できたとは言え、見事なまでの切り捨てに、思わず口元が綻ぶ。


「いえ、さすがだなって。
 俺も、全面否定する気はないんですけど、何て言うか…悔しいなって」
「悔しい?」
「ええ。俺が貴方を好きになったのは、俺が俺で、貴方が中嶋さんだからで、
 それを何だろう…知らない昔の人間の思念のように言われるのは、納得いかないなぁって」
「――」


それまで、耳を貸しながらも前にしか視線を向けていなかった中嶋さんの足が、不意に止まった。


「どうかし…――」


なんだ?
疑問を抱く傍から、いきなりのキス。


「な…なんですか急に!」
「褒美だ」
「はぁッ?」


答えが気に入ったってこと?相変わらず難解な人だな…


「中嶋さん」
「なんだ」


その人の前で軽く伸ばした両手を広げてみせて、何となくアピールしてみれば、
ちゃんと想いは通じたらしく、怪訝な顔の中嶋さんは、ふっと微笑んできゅっと抱きしめてくれた。


間近に、中嶋さんの肩のライン。
確か夢の中でも…そうだった。
どこか古めかしいコートの生地の感触さえはっきりと思い出せるけれど。


夢は所詮夢。


腕の中で小さく溜息を吐いて、そのぬくもりを冷えた身体に染み渡らせる。
深く満たされる、何モノにも換え難いこんな感情を、
もしかしたら、遠い未来の誰かが懐かしく思い出すことがあるのかもしれない。
それはほんの少しだけ、猜疑的な気持ちを高揚させる。




もしかしたら。


貴方によく似た人と、出逢って。












【冬のはじまりの日】

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