「――ご苦労だったな。今日はもういいから、ゆっくり休んでくれ」


長期海外出張から戻った秘書を労い、退社を促したが、
岡田は視線を泳がせて、口ごもりつつ答える。


「いえ、理事長。お心遣いはありがたいのですが、自分は、その」
「――?」


時差もあることだし、誰だって早く帰ってゆっくり休みたいのが本音だろうに。
上司である和希は頭を捻るが、岡田はそれ以上口を割らず、絶えず眼を瞬かせるばかり。


「…岡田?」
「え、あ、理事長や石塚先輩を差し置いて、自分1人が帰るわけには参りません」


仕事はできるが、直情径行のある秘書その2は、
冷静沈着な秘書その1と足して割ればちょうどいい具合だろうにと、たまに思うときがある。
帰っていいと促されて、それを断る理由など、そうは――…


「せっかく時間が空いたんだし、たまには有効に使えばいい。
 2週間ぶりなんだから、会いたい相手もいるんじゃないのか?」
「だッ…誰もいません!デ、デートだなんてそんな恐れ多い」


何気なく水を向けてみると、岡田は入れ食いの如くに動揺して、
デートなんて訊いてもいないのに――すっかり自分を見失っている。
もうちょっとつつけば、自ら墓穴を掘りそうだ。


「わかった岡田、少し待っていろ。 『――石塚、ちょっといいか』」


「失礼致します。和希様、何か」


内線で呼び出した石塚が、即座に部屋にやって来ると、
岡田は更に判り易くうろたえ、ちらちらとその存在に眼を向ける。


「石塚、どうやら岡田はお前に気を遣って、早退もできないらしい。
 お前からひと言言ってやってくれないか」
「は…」
「――あぁ、それよりお前も一緒に早退扱いにするか。
 それで岡田も気兼ねなく帰宅できるだろう?」


秘書ふたりの密やかな関係に、上司はまだ気づいていないと思っているらしいから、
ここはつい悪ノリしてみたくなるのが人情?


「たまにはいいだろう。今はそれほど立て込んでもいないし、
 大体、定時に帰れること自体稀だからな」
「勿体無いお言葉ですが、和希様、
 帰国直後の岡田はともかく、私はきちんとお休みも頂いておりますので」


一礼の下に、そそくさと仕事に戻ろうとする石塚の背中に向かい、聞こえよがしに呟いてみる。


「岡田…石塚は手強いな。苦労するな、お前も」
「か、和希様ッ!?」
「あ、理事長もそう思われます? ホント、俺もうどうしたらいいのか…」
「――お…岡田ッ!」


おそらく滅多にお目にかかれないだろう。秘書その1が声を荒げるシーンなど。




■ □ ■ □ ■



「……それで、どうして俺を巻き込む」
「実はまだ仕事が残っていたものですから」


憮然とする中嶋さんは、眼の前の書類と、
にっこりと笑みを浮かべる確信犯の顔を交互に見比べる。

勢い、全てを暴露しかねなかった岡田を何とか制し、
石塚は進退窮まった表情で、相方を引きずりながら退社していった。


そこまではまぁよかったが、実際まだ仕事は3割方残っていたもので、
ここぞとばかりに助っ人を呼び出した。
午後4時過ぎ。授業はすでに終わっている時刻。


「要はお前の尻拭いをするために呼ばれたというわけだな」
「とんでもない。中嶋さんがお忙しいのは十分承知していますが、
 どうしても貴方のお力が必要だったものですから」
「ふん。そんな巧言に惑わされるほど、安くないぞ俺は。
 当然それなりの代価は支払ってもらおうか」
「それに関しましては、ゆっくり話し合いましょう。ただし仕事が終ってからv」


ハートマークつきの密談が交わされる、サーバー棟上階。









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