「お帰りなさいませ和希様。いかがでしたか、ご休暇は」 「あぁ、留守をすまなかった。おかげで楽しめた。――これ、皆に」 秘書を労い、和希は土産の菓子箱を差し出した。 「それからこっちはお前に」 「は…」 滞在地の名称が印刷された小さな紙の包みをおもむろに渡され、 秘書の一人である石塚は、思わず主の顔を見上げた。 「お、おそれいります…」 手に取れば意外に軽く、中からちりりと微かに鈴の音。 「――開けてみるといい」 「はい」 一瞬躊躇ったものの、上司の言葉に逆らえない。 「では失礼して」 ゆっくりと封を剥がし、出てきたものは… いかにも観光地にありがちな…キーホルダー? 疑問系なのは、カラフルで筒状の形をした先端に、 円で囲まれた『ゆうちゃん』の文字を発見したからだった。 ――ちなみに彼の名は祐輔という。 「ここを外すとほら」 和希自ら、上部の蓋を外して机上のメモ用紙にそれをぽんとひと押し… 紙の上にはファンシーな丸文字でそのまま『ゆうちゃん』が捺印された。 しかも色はピンク。 石塚は、上司である和希を尊敬している。 自分たちとそれほど変わらない年齢で、学園理事と研究所所長を兼任し、 多忙極まりない日々ながら、類稀な手腕で纏め上げる才能。 和希こそが理事長の器であり、所長のそれであると信じて疑わない。 敬愛にも近い、崇拝と呼んでも差し支えないような思いでお仕えしている和希から贈られた土産を手に、 石塚は途方に暮れた。 これは"冗談"――つまり受けを狙って買ってこられたのかそれとも―― 生真面目な和希様のことだから、本気で使って欲しいと…まさか…? たかがスタンプ如きにぐるぐると頭を悩ませる石塚祐輔、30歳―― は、はたとひとつの可能性にたどり着いた。 「和希様、こちらをお買いになったのは、その…おふたりで?」 「――いや?俺ひとりだ。どうかしたのか?」 「い、いえ」 「そうだ、岡田には内緒にしておいてくれ。探したんだが見つからなくて」 「承知致しました」 御前を辞して、お預かりした土産を渡すためにエレベーターに乗り込む。 サーバー棟内の社員の人数は高が知れているが、その心遣いが嬉しく、 やはり個人的な土産も、和希様なりの優しさなのだろう。そう思うことに決めた。 ふたりでふざけて買ったのでは、という推論も、よくよく考えればありえないことだ。 和希様の恋人が傍にいて、それを許すはずもない。 中嶋英明氏の独占欲の強さは、ある意味合いにおいては羨ましくも思えるほど。 もちろん、和希様に対して浅ましい思いを抱くなどと言う意味では決してない。断じてない。 今回の休暇…小旅行への同行を依頼したときもそうだった。 「それは…センター前だとわかった上での打診か?」 「もちろんです」 対峙すれば、尋常でない覇気が伝わってくる。 このくらいの年齢にありがちな、少しばかりの背伸びとは違い、確実に大人の気配を漂わせて。 和希様はどうしてこの方を選ばれたのか―― 例えば刃物も、遣い様によっては凶器となりうる。 彼も何処かそのような人間性を秘めているように見受けられて、だから不思議だった。 あの和希様が、と。 「…なら、当然それなりの報酬はあるんだろうな」 「報酬――と申されますと、具体的にはどのような? 残念ながら、金銭的なご要望にはお応え出来かねますが」 「そんなものは必要ない」 「はぁ」 やはり不思議な少年であると言わざるを得ない。――少年と呼ぶのも相応しくないようだが。 ひと回り歳下の相手と会話をしている気がまるでしない。 「では何なりと…」 「――お前の名前では予約するな」 「は?」 「どうせ鈴菱の名は伏せておくんだろう」 何故急に彼が、そのようなことを言い出したのか、すぐには理解できなかった。 秘書たるもの、言葉の裏の裏まで推察するのが務め。 しかしどんなに考えても、意図が掴み取れない。 「それでは、どのように致しましょう。貴方のお名前でよろしいのですか?」 「それはお前に任せる。ただし遠藤には何も言うな」 「…かしこまりました」 旅館その他の予約など、どうせ便宜的なものであるし、全くの偽名であっても何ら問題ない。 それをどうしてあえて? 和希様には、ごく事務的に中嶋さんの名で予約を入れた旨、お伝えしたものの、 特に疑問は感じないでおられたご様子。 自分も深く詮索はしなかったし、それは一介の秘書に許されることでもない。 ただやっぱり…少々気になるところではあった。 「――ヤキモチ…ということだろうか」 「何がですか?」 「いや、なんでもない」 「あ、先輩のいけず〜 そんな大きな声で独り言呟いたら誰でも気になりますよ。 誰がやきもち焼きなんです?」 デカイ図体で懐いてくる歳下の男を軽く無視して、思考を軌道修正する。 単純な図式で言えば、和希様が石塚名義――つまり他の男の名で呼ばれることが許せないと、 そんなところだろうが。 あの、大人を大人とも思わない、ふてぶてしく肝の据わった、とても高校生には見えない彼が? どうも上手く繋がらない。 そんな可愛いことを要求するような人物とは、どうしても思えない。 「先輩ってば、無視しないでくださいよー」 「あっ!こら、やめ…やめなさい!やめないか岡…っ」 まさか和希様も、一筋縄ではいかない歳下の男に翻弄されているのだろうか。こんな風に? それを想像するのは、ちょっと楽しい。 【温泉へ行こう/おまけ】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |