冬の朝は遅い。
まだ目覚めるには早いであろう時刻にぼんやりと外が明るいのが気になって、
布団からそろりと這い出した。
背中に密着している温もりを起こさぬよう慎重に、息を詰めて。

二組並べられた布団の片方は全く手付かず、昨夜のまま。
それが妙に気恥ずかしくて、突きつけられた現実から眼を逸らしつつ、雪見障子を静かに開けた。


「わ…?」


途端に飛び込んでくる眩しさは、朝の陽射しそのものではなく、
降り積もった庭雪に反射した輝き。
雪がこんなに眩しいなんて初めて知った。
昨日はもうずっと高い位置にある陽差しで見たものだったから、趣がまた随分違う。

近場でこんな心洗われる光景が見られるなんて、まさに旅行の醍醐味とも言うべきもの――


余韻に浸っていると、背後からゆっくりと衣擦れの音が聞こえた気がして、
あえて振り向かずに問いかけた。


「あ、起こしてしまいました? ――あとで散歩に出ませんか。雪がすごく綺麗…」


てっきり物音に眼を覚ましたものと思い込んでいたが、応答がなく、


「中嶋さん…?」


改めて振り返ってみれば、夜具の中で、未だ半覚醒の顔で中嶋さんがこっちを見ている。
眼鏡もなく、髪が乱れ、崩れた浴衣の、寝起きの姿――
一体どうやったらこの姿を18歳と信じられるのだろう。


「…相変わらず面倒ばかり言い出すな、お前は」


いつもより低めの声音で、気だるげに放たれる言葉。
細めた眼に見据えられて、己を見失う。
首筋や、はだけた胸元から覗く素肌が、昨夜の狂態を脳裏に――…


「遠藤」


はっと我に返る頃には、随分と距離があったはずの布団から伸ばされた腕に、
どんな手段でだか、あっという間に置いてきた温もりの元へと連れ戻されていた。


両腕で巻き込んでしっかりと包み込む、子どもっぽい仕種が、
普段の冷ややかさからは想像もできなくて、思わず口元が緩む。


「中嶋さんって、もしかして寒がりなんですか?」
「わざわざ出向くのが面倒なだけだ」
「ホントに?」


憮然とした声が、逆に本音を語っているようで、笑いをこらえて自分からその人に擦り寄ってみれば、
音もなく忍び寄る手が、浴衣の帯紐を解こうとする。


「ちょっ…中嶋さん!ダメですってもう…ッ」


起き出すには早くても、そろそろ誰かやってきてもおかしくない。


「物欲しそうな顔をしていたくせに、カマトトぶる気か?」
「だ、誰が…」


見惚れていた事実を追求されれば弱い。
躊躇いのない動きで、確実に弱点を狙ってくる相手に抗うのなんて、単なる労力の無駄遣いでしかない。


「や、中嶋さん――っ…」




本当に正月休暇は何処へ掻き消えたのやら。
心の隅でひっそりと秘書を呪った。









おまけ>>

【温泉へ行こう/第三話】
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