客室専用露天風呂。 当然、他の見知らぬ客の姿はなく、肩の触れ合う距離で中嶋さんとふたりきり。 まぁ…のんびりとも言えなくは…ないが。 「……」 「なんだ」 「いえ、別に」 疑問に思うのは、こうしてふたりで温泉に浸かっていても、全くと言っていいほど恥ずかしさなど感じないのに、 どうしてさっきは…新幹線車内でのあれは…あんなに… 単なる度を越した悪ふざけも、いかにも不機嫌そうな連れの態度が火に油を注いで、 悪意の塊としか受け取れなくて。 トンネルに入って、中嶋さんが急に戒めを解くまで、本当に生きた心地がしなかった。 もちろんその後で抗議もしたし文句も言ったけれど…柳に風、馬耳東風、暖簾に腕… ともかく意味がなく、却ってこっちが疲れ果てただけ。 その上、旅館に着いてこうしてせっかく温泉に並んで入っていても、相変わらず仏頂面で、ロクに口も利かない。 「――中嶋さん、どうして一緒に来ることにしたんです? センターまでそう日がないんですから、断ってくださってもよかったのに」 「じゃあお前はそもそも、どうしてこんな田舎まで来る気になったんだ。 暇を持て余しているわけでもないだろう? ――理事長殿?」 「俺は…秘書が気を回してくれたんで断るのも悪いし、たまにはいいかなって。 そういえば…石塚が、中嶋さんへの報酬がどうのって言ってましたけど…何のことです?」 「聞いてないなら知る必要はない」 「なッ…なんですかそれ!」 大体さっきからずっとむっつりしたままで、せっかくこんなところまで一緒に来たのに―― そう思うと悔しいやら情けないやらで、 ひとり先に部屋戻ってしまおうかとも思ったのだけれど。 「中嶋さん――」 それではあまりに大人気ないし、負けっぱなしでは立つ瀬もないから、 呼びかけに反応したその人目掛けて、掬い上げたお湯を勢いよく思いっきりぶちまけてやった。 普段、何事にもまるで動じない風情の中嶋さんが、反射的に身構えるような仕種を見せたから、 それだけで結構溜飲が下がる思い――… 「うわ…ッ!?」 なんて呑気に思っていたら、いきなり横からお湯を掛け返された。 いい歳をしたふたりが、わぁわぁ言いながら子どもみたいにお湯を掛け合ってはしゃいでみたりして。 これってまさに水掛け論? 腹立ち紛れの報復に報復の連鎖で、いつまでも埒が明かない。 それを見て取った中嶋さんは―― 「ちょ、ちょっと!わわ…ッ」 湯の中で、もがき暴れる手足を丸ごと抱きかかえると、そのまま立ち上がった。 一瞬本気で風呂に投げ込まれるのかと不安になり、 今までのことなど綺麗に忘れて思わず首元にしがみつく相手に、 中嶋さんは勝ち誇った(ように見えた)笑みを浮かべる。 「いい格好だな」 「く…ッ」 全裸なのはお互い様でも、どんなに屈辱的であっても、この状況で抗う身の程知らずじゃない。 「な…中嶋さん?」 「なんだ」 「あのー、そろそろ降ろして…欲しいなって」 「……」 「中嶋さん…?」 今、ものすご…く不穏な空気が漂ってきた…ような…? 「――あぁ、そうないような状況設定だからな、どうしてやろうかと」 「た…企まなくていいですッ! 第一、いっつも好き勝手してるくせに…っ――」 都合の悪いことは全て聞こえないフリ。 横暴の極みのような帝王は、滴り落ちる水滴にも構わず、そのまま湯を出て部屋の中へ。 通りすがりにバスタオルを一枚掴んで―― ここへはそもそも、正月休暇の名目で来たんじゃなかったか? そんな当然の疑問も、ぴしゃりと襖の向こうへ消えた。 【温泉へ行こう/第二話】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |