確かに優しさに溢れた中嶋さん…でも何故だろう。ヘンな感じ。 いつもと違って口数も少なく、中嶋さん自身がぎくしゃくしている気もする。 寮の食堂でやや早めの夕食。込み合う中から席を探してきてくれ、 メニューを訊いてトレイを運んできてくれる。 おごりだと、自分のIDカードで支払いまで済ませてくれた中嶋さんに、 素直に礼を述べると、 「感謝も何も、最終的にはお前の持ち出しなのに変わりないだろう?」 こんな感じ…微苦笑する様が、どうにもこの人らしくない。 そのまま一緒に部屋に戻り、ベッドに腰掛けた中嶋さんの隣に自然に落ち着くと、 不意に思い出したように訊ねられた。 「――今日は、仕事はいいのか?」 「は…取り立てて急ぎの件もないので、大丈夫だと思います。 秘書に連絡を入れておけば何とか」 「そうか?くだらないことにつき合わせて悪いな」 普段の様子からはありえない気遣いや、困ったような笑みに、 逆にこっちのほうが気を遣ってしまいそう。 大体なんで中嶋さんはこんなに真面目に、賭けの約束に応じているんだろう? 「中嶋さんこそ――いつもやりつけないことをして疲れたでしょう?」 「そんなことはない」 いつもなら絶対嫌味の3倍返しのところなのに、肩透かしを食うくらい素っ気ない返事。 優しい――優しいってこういうこと? そもそも優しさの定義なんて曖昧なもの。 親切、にすり替わったりもすれば、いい人、の付属品だったりもする。 言葉が柔らかいとか、皮肉を言わないとか、そんなのは多くの人には当たり前のことで。 だけどそれって――… 「大体、罰ゲームになりませんよね。一日優しい中嶋さんなんて。だって中嶋さんは――」 「…俺が、なんだ?」 「あ、その…」 ――だって中嶋さんは、いつも優しいじゃないですか。 続けるのを躊躇ってしまったのは、その形容詞をあまり好まないように感じられたから。 今、が特別なだけで、だから優しくしてくれる。 中嶋さんにとっては、非日常的なことなら余計に伝えられない。 「――す…みません中嶋さん…俺はやっぱり、いつもの中嶋さんのほうがいい気がします」 「どうしてそう思う?」 「…何と言えばいいのか…自分の意思が感じられない状況で優しさをその…表わされても嬉しくないというか…」 「俺が嫌々やっているように見えたか」 思わず肯定しそうになって、慌てて首を横に振る。 隣で微笑う中嶋さんの顔は、ちょっとだけいつものあの不敵な気配を漂わせていた。 「まずおかしいとは思わなかったのか? 俺が負けて、なのにお前に優しくしろ、なんて賭けは」 「まぁ…そうですけど、会長も面白がっているのかなと」 「おそらく8割方それだろうが、丹羽のヤツが…」 途中で言葉を留めた中嶋さんが、じっと窺うようにこちらを見ている。 「何ですか?丹羽会長が?」 「いや――何でもない。忘れろ」 「忘れろって、気になるじゃないですか。第一それ全然優しくないですよ!まだ約束は有効なんでしょう?」 ムキになって訴えれば、そこに中嶋さんのいつもの罠が待ち受けている。 「俺はいつでも優しいんだろう? 普段通りのままで」 「言って…ませんよ。俺はそんなこと!」 「顔に書いてある」 ほら、と顎を指先ですくい上げたその人は、もうすっかり見慣れて馴染んだ顔に戻っていた。 気を遣っただけ無駄だった――って、頭の中を後悔の嵐が吹き荒れる中、 結局根負けして、自ら眼を閉じてしまう。 だって、中嶋さんのキスは、やっぱりこんなに優しい。 【きみのなまえ 2】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |