自室に戻ると、遠藤がテーブルに突っ伏して寝こけていた。
呼びかけてみても返事は吐息ばかり。

「全く…」

他人の部屋まで押し掛けて、わざわざ何をしに来たんだ、お前は。
机の上にはほとんど手付かずのテキスト。
遠藤が言うところの『苦手な課題』は枕と化している。

 ――しょうのないヤツ…

頭の下からそれを引っ張り出し、手に取ってぱらぱらと眼を通す。
海外生活が長く、現国が苦手というならまだしも、この頭脳が古典に手を焼くというのも不思議な話なのだが。

教えて欲しい、なんてただの口実だとばかり思っていたのに、
予想外にヤル気満々でやって来て、そのくせ、少し待っていろと部屋を空ければこの様。

傍らに転がっていたシャーペンを手に、やれやれとため息がこぼれる。





やがて遠藤が眼を覚ました。
時間にすれば、おそらく30分も経っていない。

「ん…あれ…?」

幾度か眼を瞬かせて、ようやく正気を取り戻したらしく、

「あー俺、寝ちゃったんですね…すみません」
「――休むなら、やるべきことを済ませてからにしろ。明日騒いでも遅い」

素っ気なく、その眼の前にテキストを放る。

「あ、はい。そうで…す…よね…」

頷きながらテキストを開く相手の眼が俄かに大きくなった。

「これ、まさか中嶋さん、が…?」

分かりきった問いには答えずに、手持ち無沙汰の二本めの煙草をもみ消し、

「お前は俺のところへ、課題を教わりに来ただけじゃないだろう? ――だったら時間の無駄だ」
「あ…」

返事よりも正直な顔は淡く染まり、僅かに眼を逸らすから。

「わかっているなら話は早い」

ベッドまでの距離ももどかしく、引き寄せてキスを奪って――

「ちょっと…待ってください。俺明日、古典の解釈、当るんですよ」
「……」
「中嶋さん?」
「何故それを今言う?」


 ――しかもこの状況で。わざと焦らしてでもいる…つもりか?


「やるべきことは済ませておけって言ったのは中嶋さんですよ」
「――成程…お前は俺より課題を優先させようというわけだな」
「そんなことは言ってません。大体何です?そんな普段言わないようなこと言って」


甘い…モトイ、不毛な言い合いは、きっといつまでも決着がつかない。
どちらが先に折れるかなんて、決まり切ったことだけれど。





【課題と中嶋さんと】
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