その日の生徒総会において、会衆の話題をさらったのは、 議題に上がっていた、丹羽会長からの新たな提案などではなく、 壇上脇に座り、いつものように冷ややかな佇まいの生徒会参謀の秀麗な面―― そこに残された傷痕についてだった。 右の頬中央に一条、まだ比較的新しいと思われる、細く赤い痕。 猫の引っかき傷ではないかと誰かがいい、 猫だってケンカを売る相手は選ぶだろうと別の誰かが反論すれば、 学園唯一のネコ自らが、ジブンは無罪だと主張して、 それなら、長くてネイルアートでも施された爪のネコだろうと、 一昔前のゴシップ記事のような憶測ばかりが飛び交って、けれども、 誰ひとり面と向かって、それを本人に訊ねる勇気を持ち合わせた者はいなかった。 「――和希は気になんない…のか?」 「えっ?」 「中嶋さんの…その…ウワサ」 おずおずと憚るように切り出したのは、こっちに気を遣いつつもやっぱり気になるってフクザツな心理? 「だってさ、あの中嶋さんが顔に傷なんて、普通ありえないし」 確かに中嶋さんは普段から、他人に隙を見せるということがまずない。 顔に傷なんてありえないと啓太が言うのも、至極尤もなこと。 「――そんなに気になるのか?伊藤」 「そりゃあ学園中のウワ…って、えッ?」 いきなり頭上から降ってきたような、抑え気味の問いかけに、啓太の背中が面白いほどに竦んだ。 「なっ…中嶋さんッ?」 「知りたいのなら教えてやってもいいが、その代わり――」 「そ…の代わりッ?」 「代償は高くつくぞ? 何しろ今や学園中の話題だそうだからな。 新聞部や俊介まで動いている。――どうせお前もその辺から派遣されてきたクチだろう?」 「えッ、そそそんなことないです」 啓太は分かりやすく動揺しつつも、取引きの提案に心が動いているらしく、 「でも…代償って?」 「等価交換だ。それなりの何かと引き換えだな」 「それって、例えば王様の秘密とか…?」 「今更丹羽の秘密など知ってどうする」 「え、じゃあどうすれば…」 「お前が普段出入りしているのは、生徒会室ばかりではないだろう」 「そ、れは…」 さすがに啓太も言い渋る気配だけれど、所詮敵う相手ではなく、 しっかりと会計部に関するネタを絞り取られて、いざ中嶋さんの…… 「――えッ、自分…で?」 ただでさえ大きな瞳をまん丸に見開いた啓太に、中嶋さんは満足気にそうだと頷く。 「ファイルを整理していて、うっかり角で擦った。それだけのことだ。何か不満でもあるのか?」 「え、だってそんな……」 可哀想に啓太は今にも泣きそうな顔で、何か訴えようとするけれど、残念ながら相手が悪過ぎた。 「――いいんですか?」 「本当のことを伝えたほうがよかったか」 啓太が泣く泣く立ち去ってのち。 「バラしたところで別に問題もないだろうが、却って――…」 「? なんですか?」 「いや…」 誤魔化すときの常套手段で、中嶋さんは強引に身体を抱き寄せようとする。 「またケガしても知りませんよ」 同じような状況下で、ふざけて振り上げた腕が相手の頬を直撃。 しかも運悪く、その手には読みかけの文庫本。 …というのが事の真相。 啓太に伝えたのはだから、半分は本当で残りは作り事。 「そんなヘマは二度もしない」 不安で、つい手加減してしまうことさえ見抜かれて、気づけばいつの間にか、中嶋さんの腕の中。 ゴメンと心の中で、啓太に頭を下げた。 【それは確かな】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |