「和希」 呼ばれて振り返った先には、不気味なほどニヤついた丹羽会長と、 ちょっとないくらい不機嫌さを絵に描いたような中嶋さんが並んで立っていた。 身の危険をビシビシと感じつつ――これはもう、本能と呼ぶしかない――それでもいつもの笑顔で応じる。 「――俺に何かご用ですか?」 「いや〜ヒデのヤツがさ、他の男がお前を名前で呼んでも絶対振り返らねぇって言い張るもんで、 んじゃ賭けるかってことになってな」 「は、はぁ…」 そんなもん賭けないでくださいよ…とは心の叫び。 説明によるなら、結果的に自分の行動が中嶋さんを負けさせたのは事実のようで、 そんな理不尽なと訴えたところで通じる相手でもない。 「どーだヒデ、やっぱり俺の勝ちだろー?」 「……」 弾む王様の声に、益々中嶋さんの額に青筋が立った…気がする… 「つーわけだから、ちゃんと約束は守れよ?」 「…言われなくてもわかっている」 そ…それ以上煽んないでください王様ー! 本気で叫びたかったけれど、どうせとばっちりを食うのはこっちだ。 今まで散々学習してくれば、自分だって賢明な判断くらい――… 「遠藤、今から24時間ヒデがお前に優しくしてくれるらしいから、楽しみにしてろよ」 「は…はぁッ?」 「俺が勝ったら、一日堂々とサボらせろって言ったんだけどよ」 「お前はいつも堂々とサボっているだろうが。 ――そういうことだ。行くぞ遠藤」 「え、えぇ?」 逃げ出すチャンスを逸したと気付いた時にはすでに、大またで近づいてきた中嶋さんに、 がっしと背中ごと引き寄せられていた。 肩を抱くというよりは…ほとんど連行に近い。 何よりそんな、眉間に深々と皺を寄せた人に優しく(?)されても嬉しくない…んですけど? それからずうっと無言のまま、結局いつもの生徒会室に落ち着くと、 中嶋さんは盛大にため息をついて、回した腕を解く。 あんまり…というより、まずありえない状況だったから、 少しばかりもったいない気もしてしまう、調子のいい自分… かと思ったら、中嶋さんはいきなり振り返って、今度は正面から本気で抱きしめてくる。 更に珍し過ぎる構図に、声なんか出せないでいると、その人はもう一度深く嘆息し小さく呟いた。 「――お前は、あれが丹羽の声だと判った上で振り返ったんだな?」 「は…え?」 しばし呆けて、問いかけの意味を腕の中で反芻する。 「それって…俺が貴方の声を聞き間違えてないかって確認の意味ですか?」 「そうだ」 「そんなこと――あるはずありませんよ」 中嶋さんの声を聞き間違えるなんて、あるわけがない。絶対に。 「随分自信あり気だな」 微笑っているのか低めの声は、どこか聞き取りにくく、 もしかしたら、もっと他の意味が含まれていたのかもと今頃になって焦ってくる。 「――大体、中嶋さんは俺のこと滅多に名前で呼んだりしないんですから、 間違えたって責められないですよ?」 「そうか…そうだな」 中嶋さんは珍しく素直に頷いて、静かな仕種で耳元に唇を寄せた。 「――和希…」 甘い甘い声が、背筋をぞくりと震わせる。 これが毎回続いたら、頭がどうにかなりそう――そう思いながら、声にならない返事を返した。 【きみのなまえ】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |