バタン!
ノックもせず、いきなり学生会室のドアを勢い良く開けた音に、丹羽と中嶋は一瞬 眉を顰めて音の鳴った方を見る。
こんな時は、何か校内で問題が起きたか、滝が乗り込んできたか・・・だからだ。
ところが、そこに居たのは予想もしなかった人物。
ノックもせず入ってきたことなど1度もない彼の姿に、丹羽は戸惑いながら声をかけた。
「遠藤・・・どうした?なんかあったか?」
しかし、和希はそんな丹羽の声など耳には届かない様子で、無言のまま中嶋の元へ向かう。
「・・・・・どうした?」
丹羽とは違い、驚いた様子もなくそれだけを口にした中嶋に、和希は一瞬不機嫌そうな顔をして腕を差し出す。
それを見て、注視しなければ分からないほど微かな笑みを浮かべた中嶋は、無言のままの和希の腕を取って引っ張った。
「・・・・・あのぅ中嶋サマ・・・ちょっとお聞きしたいんですが・・・?」
「なんだ?丹羽」
「それ・・・なに?」
丹羽の指差す先にあるのは、椅子に座ったまま自分の膝の上に和希を乗せている中嶋の姿。
そう、いわゆる膝抱っこ・・・なるものだ。
「何って・・・遠藤だが?」
「だーっ!んなこたぁ見りゃ分かるっての!お前らのその状態のこと言ってんだ!俺は!!」
「・・・・・・仕方ないだろう」
「仕方ない?どの面下げて、んなこと言ってんだ・・・?」
やってらんねーとばかりに叫ぶ丹羽をよそに、中嶋は膝上の和希の額に手を伸ばす。
「熱はないな。疲れただけか?」
目を覗き込みながら訊ねる中嶋に、和希はただ頷くだけ。
ここに来てから1度も口を開いていないその様子に、さすがにおかしなものを感じた丹羽は、中嶋に問いかけた。
「・・・・・・風邪でもひいて声出ないとか?」
「そんなんじゃない」
あっさりと否定の言葉を口にした中嶋は立ち上がり、1度和希を降ろして椅子に座らせると、コートを羽織ってため息をつく。
「コイツは仕事が溜まって疲れると、動くのも最低限になって、口を開かなくなるんだ。ノックをしなかったのがいい証拠だ」
「・・・・・・は?」
「コートは着てるが鞄は持っていないだろう?」
「あぁ」
「疲れてるのに、余計な物を持ちたくないからだ」
「余計、な物・・・?」
「荷物はサーバー棟に置きっぱなし。寮に戻るのも疲れるからここに来た、ってわけだ」
「荷物は分かったけど・・・ここに来てどうすんだよ?」
「こうするんだ」
ワケ分からん、と首を捻る丹羽の目の前で、中嶋は和希を横抱きに抱える。
膝抱っこに続き、お姫様抱っこまで披露してくれた自分の親友に、丹羽は目を白黒させるばかりだ。
「夕飯はどうする?いらないか?」
コクン
「寮に戻ったらすぐに寝るか?」
コクン
「俺の部屋でいいのか?」
コクン
ひたすら黙ったまま、中嶋の問いに頷くだけの和希。
その姿を見て、丹羽はもう心の中で『このバカップルが!』と毒づくことしかできやしない。
「じゃあ丹羽。俺は帰る。俺も荷物置いたまま帰るから、鍵かけるの忘れるな」
「・・・・・・・へーへー」
「それじゃあな」
中嶋の腕の中。
すでに半分、眠りの世界に旅立っている和希は知らない。
丹羽が、どれだけ苦虫を噛み潰したような顔をしていたことなど。