「中嶋」
「なんだ?西園寺」
「お前、最近・・・夜遊びを控えているそうだな?」
そんな風に私が訊ねた途端、中嶋は口の端を少し上げてこちらを見る。
その楽しげな笑みは、いつもこの会計室で見せる皮肉げなものとは違っていて、私はここに臣がいなくて良かったと心の底から思った。
「西園寺にしては珍しい質問だな」
「そうか?それはお前がここに長居しないからだろう?」
「・・・・・・・今日みたいにお前のペットがいなければ考えてやってもいいがな」
言外に臣のせいだと匂わせながら少し眉をひそめた中嶋を、私は面白いと思いながら見つめた。
1つ年上でありながら、中身はすでに成人しているような思考を持つこの男は、少なくとも人前で自分の感情を露わにすることはない。
ましてや、私自身に何の含みはないと言え、犬猿の中とも言える臣に近い私の前でこんなに表情を読ませるようなことは今まで1度もなかった。
中嶋がそんな風に変わったのは、ここ2か月ぐらいの事だろうか。
そう、きっとあの男のせい。
「そんなに大事か?アイツが」
「・・・・・・・何の話だ?」
「お前が誤魔化すなら、それでもいい」
「ふん」
面白くなさそうに鼻を鳴らす様すら、珍しいものとして映る。
冷血漢が少しは人間らしくなったという事か。
「私は、あの男の友人だからな。これからも口出しはするぞ?」
「・・・・・・・・・お前が?いちいち他人に干渉するのか?」
「意外か?」
「お前が七条以外に興味を持つとは思わなかった」
「それだけの価値があるだろう?あの男には」
笑いながらそう言えば、中嶋は軽く舌打ちをする。
気に入らないのだろう?
自分のモノに干渉されるのは。
それでも文句を言えないお前の負けだ、中嶋。
黙り込んだまま、苛々とした様子を隠そうともしない姿に、益々笑いがこみ上げる。
「人間、変われば変わるものだな」
「煩いぞ、西園寺」
「ふん、自ら話題を提供しておいてよく言う」
そう言って書類を手渡せば、それをひったくる様にして手元に引き寄せる。
そんな中嶋の様子を楽しげに眺めていれば、コンコン、とゆったりとしたノックの音が響いた。
「入れ」
「お邪魔します〜って、あー、もう中嶋さんってばいつまで会計室にいるんです?王様逃げ出しちゃいましたよ?」
「遠藤・・・」
「止めなかったのか?」
「俺にどうやって、あの猪の勢いのような王様止めろって言うんです?」
「・・・・・・・・分かった。すぐ戻る」
さっきまでの苛々した様子なんて、何処へやら。
ほんの少し、笑みすら浮かんで見える表情の変化に、私は苦笑するほかない。
「遠藤。少し休んでいったらどうだ?此処まで走ってきたのだろう?」
「あ、西園寺さん。そうですね・・・」
「・・・・・・・・・・・戻るぞ、遠藤」
「え?ちょっ、中嶋さん!引っ張らなくたって歩けます!」
「煩い、口答えするな」
「はいはい、戻りますよ。まったく・・・すいません、西園寺さん。また誘って下さい」
「あぁ、今度は臣のいる時に来るといい。旨いお茶を淹れさせよう」
「は・・・」
「・・・・・っ、西園寺!その時は絶対俺も来るからな」
「・・・・・・くくっ、楽しみにしておこう」
バタンっ、とけたたましい音を立てて会計室を出ていった中嶋と遠藤の姿が見えなくなった途端、私は笑いを堪えられなくなった。
「まったく・・・・罪なヤツだな?鈴菱」
つけ入る隙などなさそうだぞ?臣。
あの幼馴染には悪いが、中嶋が彼を手放す事なんて想像もつかない。
有名な節操なしが年貢を納めるなんて、誰が考えられただろう。
「どうやって改心させたのか、聞いてみたいものだな」
ゆったりと紅茶の芳香を吸い込んで、私はもう1度笑みを浮かべる。
それは、まるで歌みたいな奇跡。
18歳にして最後の恋をみつけた幸せを、見せつけられているようだった。