桜の降る街で


 

 

 

 

「中嶋さん、起きてください!お花見日和ですよ!」

「・・・・・知らん、そんなもの」

 

朝っぱらから和希の襲撃を受けた中嶋は、自分の意に反して目を覚ます。

少しだけ瞳を瞬かせて確認した目の前の顔は、確かに自分の恋人のものだった。

 

和希のはしゃいだ声なんて珍しい。

そんな風に思いながらも、ベッドから起きだそうともせず中嶋は枕にもう一度頭を沈み込ませる。

 

昨日は、新居の片付けを夜中までやっていて寝たのは今朝方だ。

大学の入学式まで既にあまり時間がないからと、1日で片付けようとしたのが間違いだったのか。

 

しかし、休みの全てが和希に振り回されそうな予感を憶えている中嶋に、あれ以外の選択肢はなかった。

早く片付けなければ、いつまでもダンボールに埋もれて生活するハメになる。

 

それは、予感というよりも確信だった。

 

 

「なーかーじーまーさーん?」

「・・・・・・・・・まだ眠いんだ。もう少し寝かせろ」

「えぇ?もう9時ですよ?」

「俺が寝たのは7時だ」

「・・・・・・・・・・何してたんです?まさか夜遊び?」

 

不満顔を隠しもせず、ムカツク、と言いながら和希は中嶋の鼻を摘む。

一体、幾つの人間がする拗ね方だ、と思って中嶋はその手を掴んで引き剥がした。

 

「誰のせいだと思ってる」

「え?」

「・・・・・・・・・引越しの片付けしていただけだ」

「あぁ、一昨日引っ越したのに、もうほとんど片付いてますもんね」

 

周囲の状況に納得したのか、和希は辺りを見回して頷く。

でも何で?と首を傾げるあたり、朝から襲撃して来ている自分の行動に何の疑問も持っていないようだ。

 

「で?お前は何をしに来たんだ?」

「だから言ったじゃないですか。お花見日和だって」

「だから?」

「お花見しましょう?」

「・・・・・・・・・・寝る」

「ちょっと!中嶋さ〜ん!?」

 

和希は、お花見〜お花見〜と言いながら中嶋の身体を揺すり続ける。

俺は寝ることも許されないのか、と思いながら無理やり目を瞑った中嶋の耳に、和希の呟きが届く。

 

「自分が言ったくせに・・・・」

 

一体何の話だ?

目を瞑ったまま眉をひそめた中嶋に気づきもせず、和希はもう一度小さく呟く。

 

「桜の花見なら付き合ってやるって言ったくせに」

 

淋しそうな、小さな声。

その言葉に冬の寒さが緩んだ頃を思い返した中嶋は、微かにため息をついて目を開けた。

 

「中嶋さん?」

「30分待て。支度する」

「っ、行ってくれるの!?」

「行きたいんだろう?」

「うん!あ、でも俺も支度するから1時間・・・くらい、かな?」

「お前に何の支度がいるんだ」

 

ちゃんと着替えて目の前に立つ和希を眺めれば、楽しげな声が返ってくる。

 

「お弁当、作るから」

「弁当?」

「花見と言ったらお弁当でしょう?篠宮さんにちゃんとメニュー聞いてきたんで!」

 

やる気充分なのは構わないが、引越しの片付けが終わっていなかったらどうするつもりだったんだ?

心の中でそんなことを思いながら、中嶋は勝手にしろと言い置いてバスルームへと向かった。

 

 

 

 

 

あれは、まだ2月の半ば。

大分緩んできたとは言え、まだまだ寒い季節のことだった。

 

もうすぐ中嶋が卒業ということで、ほんの少しの感傷でも抱えていたのだろうか。

学園中で一番早く春を感じる梅が咲き誇る木の下で、和希は花を見上げたまま動かなくなった。

 

 

「遠藤?」

「綺麗、ですよね」

「何だ、急に」

「・・・・・・・・来年は、もうこうやって見ることはないんだなぁと思って」

 

きゅっ、と中嶋の手を掴んで、梅の花を見上げる和希の表情はいつもと変わらない。

それでも何処か淋しそうにも見える姿に、中嶋は彼の手を引いて歩き出した。

 

「ちょっと、中嶋さん!?俺、まだ見て・・・」

「桜の花見なら付き合ってやる」

「え?」

「寒いのは御免だが、春ならいい」

「なか、じまさ・・・・」

「・・・・・・・・花見の機会なんか、これから幾らだってあるだろう?」

「っ、は・・・い・・・っ」

 

 

卒業しても、お前を手放す気なんかない。

そう言外に告げた中嶋の想いが伝わったのか、和希が握り返す手の力が強くなった。

 

それは寒い、ある一日の出来事。

 

 

 

あれからBL学園を卒業し、4月から始まる大学生活に向けて中嶋が都内に引っ越したのは一昨日のこと。

引越して早々、花見に連れ出されるとは思わなかった。

 

半ば苦笑しながらバスルームから上がった中嶋は、新しいキッチンでくるくる動く和希に声を掛ける。

 

「あがったぞ」

「あ、こっちももう少しなんで・・・ちょっと待ってて下さいね」

 

何も全部手作りじゃなくてもいいだろうに。

そんなことを思いながら、中嶋は和希の背後から手元を覗き込む。

 

とにかく和希には何か独特のこだわりがあるらしく、行事のたびに中嶋は振り回されていた。

 

クリスマスの時は、何でケーキがないのだと怒られ、わざわざ門限ギリギリに外まで走るハメになった。

正月は雑煮の味で揉め、初詣の時は混んでいる真っ只中をかき分けておみくじを引かされて。

花見は花見で、弁当か。

 

今まで鈴菱≠フままでは出来なかった全てに、俺を付き合わせるつもりか?この男は。

普通、なんて最も縁遠い俺をここまで普通に浸らせるなんて、どこまで規格外なんだろう。

 

何だかんだいって振り回される自分が、一番駄目な男なのかもしれない。

 

どこまでもコイツを甘やかしてやりたくなる。

気づかれなくてもいいから。

 

自己満足で充分、なんて思いながら中嶋は和希の身体を後ろから抱き寄せた。

 

 

「・・・・・っ、中嶋さん!もうすぐ出来るからおとなしくしてて下さい!」

「充分おとなしくしているだろう?」

 

そんなことを言いながら、口唇で首筋を辿る。

強張って硬くなった身体が腕の中で身じろいだと思った途端、和希が反転して向き直った。

 

なんだ?

そう問おうとした瞬間、中嶋の口唇に柔らかなものが触れる。

 

 

「・・・・・・・っ、これでもう少し我慢して下さい!」

 

見下ろした目の前の顔は、紅く染まっている。

 

自分からキスをしたことが、そんなに恥ずかしいのか。

いつまで経っても初々しさが抜けない愛しさに一瞬、中嶋は目眩を憶える。

 

本当に大人なのかという微かな猜疑心と、よく今まで喰われなかったものだという安堵感で。

 

「足りないな」

「な・・・っ」

「おとなしく待っていてほしいなら――もっと本気のキスでもするんだな」

「しませんっ!!」

 

頬だけでなく首まで紅く染め、勢いよく俺に背を向けた和希は重箱に料理を詰めるのを再開させた。

それでも腕の中から逃げだすこともなく、そのままにさせているのは中嶋を甘やかしているのだろう。

 

そういう事をするから俺がどこまでも付け上がるのだと、和希は分かっているんだろうか。

 

ぼんやりとそんなことを思いながら、中嶋は微かに笑ってコートを取りに部屋へと戻る。

 

 

本当に甘やかしているのは、俺よりお前だ。

だったら、どこまでも甘えてやる。

 

まだまだ子どもだからな。

 

 

中嶋の心の声が聞こえたなら、和希は盛大に首を横に振って誰が子どもだと叫んだことだろう。

 

花見が無事に終わるかどうか。

こればかりは、中嶋の行動に懸かっているかもしれない。

 

 

 

written date 07/03/31

Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+

 

 

 

inserted by FC2 system