甘いキスをしよう


 

 

 

 

夜9時半。

学生が自室に戻るには遅いといえば遅い時間。

 

もちろん、予備校通いをしている生徒であれば、むしろ早い時間かもしれない。

しかし、ここ、BL学園は完全寮生活であり、門限が10時。

島での生活とあって予備校通いをする生徒もいないため、9時半に戻ってくるのは十分遅いといえた。

 

中嶋がそんな遅い時間に戻るハメになったのは、もちろん学生会の仕事をしていたからに他ならない。

率先して仕事をするべき人間である会長・丹羽哲也はあいも変わらず逃げ回っていたし、彼がやる気になるまで仕事を放っておけば、最終的に自分の首もしまる。


何より、会計部に文句をつけられるのが嫌なのだから、自分である程度どうにかするしかない。

諦めにも似た気持ちで、中嶋は日々の業務をこなしていた。

 

このBL学園の学生会は高校としては破格の自治権が認められている。

生徒が運営するのが正しい形だと生み出された学園だからなのだが、それが鈴菱グループの戦力になる人間を見出すためだというのは極一部にしか知られていない事実であった。

だからこそ、学生会に掛かる負担は大きく、それをたった二人の生徒で動かしている今回の学生会の評価は非常に高い。


その雑務を一手に引き受けている中嶋の負担は、評価が高ければ高いほど大きい。

週始めの月曜日にもかかわらず、ため息をつきながら自室のドアを開けたのも仕方ないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・何をしている」

 

限りなく疲れた状態で部屋に戻ってきたのに、中嶋はドアを開けた途端そんな言葉を口にして、すぐさま出て行きたくなった。


何で戻ってきてまで疲れなきゃいけない。

そんな思いを汲み取りもせず、我が物顔でベッドを占領している彼は、にこやかに答えを返す。

 

「待ってたんですよ。いつまで経っても帰ってこないんだもん、中嶋さん」

「・・・・・待ってるのはいい。それは何だ」

 

ベッドの上で身体を起こしたのは、中嶋の恋人であり、理事長でもある和希。

今の学生会がどれだけ忙しいかを一番知っている人物だ。

 

だからメールなどで急かしもせず大人しく待っていたのだろうが、手に持っているものがいただけない。

それは、限りなく中嶋の神経を逆なでするものだった。

 

「それって・・・ポッキーですけど、知らない?」

「名称なんかどうでもいい。何で人の部屋でそんなものを食べているんだ、お前は」

「だってお腹すいたし」

「夕飯は?」

「中嶋さん待っててまだですー」

 

そんな風に言った和希の表情は少し拗ねたようなもので、中嶋はすんでのところで『先に食べていれば良かっただろう』という言葉を飲み込む。

 

どうしてこの男は、大人のくせに無意識にそういう顔をするのか。

本当に年下のような、甘えたような表情はひどく中嶋を煽る。

プライドも矜持も何もかも引き裂いて、自分なしでは生きられなくしてやりたくなって仕方がない。

 

「・・・・・人の部屋で甘いものを食べるな」

「だって、おすそ分けされたし」

「おすそ分け?」

「土曜日、ポッキーの日だったでしょう?」

「は?」

「11月11日って、全部棒でしょう?1並びで」

「くだらない」

「まぁ、お菓子会社の策略ですけど」

「それに踊らされたのか、お前は」

「踊らされたのは俺じゃなくて、七条さんです」

「・・・・七条?」

「あの人、甘いもの好きだから」

 

にっこり笑ってそんな事を言う和希は、やはり大物か。

犬猿の仲である彼の名前を口に出して笑っていられる神経がすごい。

案の定、視線をいっそう鋭いものにした中嶋は、和希の手を掴んでベッドから引き摺り下ろす。

 

「俺の前であの犬の話をするな」

「えー」

「えーも、でももない。それからあの悪魔からホイホイ物をもらって人の部屋で食べるな。分かったな」

「えー」

「遠藤!」

「・・・・・じゃあ、これは?」

 

中嶋の腕の中で、残ったポッキーの箱を左右に振る和希はとても20代には見えない。

うっかりと引き寄せられそうになるのを、どうにか堪えて中嶋は渋々口を開く。

 

「啓太にでもやってこい」

「捨てろとは言わないんだ?」

「この部屋じゃなければそれでもいい」

「そんなに甘いものイヤ?」

「・・・・・・・」

「まー思わず俺にキスするのも躊躇ったぐらいだしね」

「な・・・」

 

何で分かった?

思わずそんな事を考えながら顔を覗き込んだ中嶋に、和希は口角を引き上げた笑みを見せる。


それは、たまに彼が見せる大人の表情。

 

 

「だって、一瞬止まったでしょう?さっき」

「・・・・・・・っ」

「ポッキーに負けたわけだ、俺は」

「・・・・・そんな事はない」

「じゃあ、キス・・・・して?」

 

伸び上がって、ギリギリまで顔を近づけた和希は、そこで動きを止めて中嶋を待つ。

時折子どものようで無垢な顔を見せておきながら、こういう時に見せる表情は年相応の妖艶な笑み。

 

こいつの、こういう所が気に入らないのに、何より好きなギャップ。

 

そんな事を思いながら、中嶋は大嫌いな甘いキスを仕掛けるため、和希の一際紅いそこに口唇を落とした。

 

 

 

written date 06/11/13

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