夏色のメモリー #4
「おい・・・アレ、見ろよ」 「え?うわ、誰だよ?あんな美人連れ込んだヤツ」 「さぁ?ていうか、連れ込んだくさい隣の男、すげー美形」 「あんなヤツ、ウチにいたか?」 「見たことねぇよな」
縁日を存分に楽しんでいたはずの生徒たちの目が一気に、ある一点に集まる。 そこにいたのは、一組のカップル。 注目の的だというのに、周りをさほど気にせず歩いていく様は、優雅という言葉が何よりも合っていた。
男の着る浴衣は、蒼の無地で下に行くにつれ薄くなって行くグラデーションがかったもの。 シンプルなそれは、彼の秀麗さを何倍にも際立たせていた。
その男に寄り添うようにして、ゆったりと歩く女は、濃紺の生地にピンクがかった手毬が所々に描かれた浴衣を着ている。 まばらな模様に、派手さの抑えられた紺地がシックな印象で、彼女の可愛らしさを存分に引き出していた。 帯は黒地に薄いピンクの花が描かれていて、留紐は少しだけ濃いピンク。 短めだが柔らかそうな茶色の髪は前をサイドに流し、これもピンクのラインストーンが入ったピンで留められている。 下ろされたままの右側の前髪がかかる頬は、日に焼けるということを知らないような白さを湛えていて、思わず手を伸ばしたくなるような決め細やかさだ。 その白さと対照的に目を引く、ひと際紅い口唇。
正直、禁欲生活の長いBL学園の生徒たちは、うっかり引き寄せられそうになるのを必死で堪えていた。 おそらく、彼女の隣に立つ男が、あれほど美麗な男でなければ捨て身で突撃するものもいただろう。
「・・・・・・にしてもさ、あの男・・・どっかで見たことあるような・・・」 「あ、やっぱお前もそう思う?」 「でも、あんなヤツ、ウチにいねぇよなぁ・・・?」
ざわめくギャラリーを余所に、カップルは本部へと近づいていく。 関係者以外立ち入り禁止のそこに向かっているのを見て、周りは止めるべきかどうかを迷った。 中には今現在、丹羽はさておき、そういうことに何よりも煩い西園寺がいる。 一般人が修羅場に巻き込まれるのは拙いのではないかと思いながら、実のところ皆が考えていたのは、女王様とあの美人な彼女が並んだら壮観だろうなぁ、なんて非常にくだらないものだった。
しかし、その一瞬の躊躇の間に彼らは本部に足を踏み入れる。 それを見て西園寺が立ち上がったのを目撃した生徒たちが身構えた瞬間、予想外の声がその口から飛び出した。
「・・・・・何て格好しているんだ、遠藤、中嶋」 「え?ヒデ?・・・・っておい。何だって眼鏡外してんだよ。てか、何で遠藤、女装!?」 「女装って言わないで下さい!ていうか、文句なら王様、貴方の親友にどうぞ!!」 「ヒデぇ?」 「俺が眼鏡なしなのは、遠藤のこの格好と引き換えだ。似合うだろう?俺の見立てだからな」 「似合いませんーーーーっ!」
きぃっ、と擬音が聞こえてきそうな剣幕で叫んだ彼女は、どうやらこの学園の1年生であり、学生会や会計部とも仲の良い遠藤和希だったらしい。 その隣に立つ男は、学園で知らぬものなどいない、泣く子も黙る副会長。ただし眼鏡ナシ。 どおりで見たことのある顔なはずだ。 そんな風にギャラリーが思ったのもつかの間、美人な彼女、もとい和希に向かって西園寺が笑いながら口を開いた。
「美人だな、遠藤」 「・・・・・西園寺さんに言われたくありません」 「そう謙遜するもんじゃない。今、生徒の目を集めているのはお前だからな」 「え?」
ぐるり、と辺りを見渡す和希の目には慌てて視線を逸らす者、俯く者が映り、少し嫌な気分になる。
「・・・・・・・・そんな俺、妙な格好ですか?」 「え?」 「こういうの、貴方なら似合うでしょうし、男がこんな格好しても似合わないのなんか分かってるけど・・・見世物になるほどみっともないです?」
しゅんとした様子で呟く和希の姿に、『そんな事ない!超美人!!』という心の声がギャラリーの胸のうちで一斉に叫ばれた。 しかし、いかんせん人を殺せそうなほど鋭い視線を向けてくる副会長にたて突く勇気のある生徒など学園内にはいない。 それを知っている丹羽は、苦笑しながら慰めの言葉をかける。
「落ち込む必要なんかないぜ?遠藤。大丈夫。ちゃんと美人だから」 「・・・・・・・・西園寺さんの前でそんなこと言っていいんですか?」 「平気、平気。だって郁ちゃんは超美人だからな」 「っ、バカ丹羽!なにを言っている!?」 「だって郁ちゃんは超美人だろー?なぁ、遠藤」 「え、そうですね、西園寺さんは美人ですよね。俺なんかより、よっぽどこの格好似合うと思うんですけど・・・」
言外に着替えたい、という心境を覗かせ中嶋の顔を見た和希だが、見られた当の本人は取り合う様子もない。
「駄目だ。西園寺がこれを着ても喜ぶのは、そこのバカとその他大勢だけだ。お前が俺を喜ばせないでどうする」 「なっ、どうして俺が貴方を喜ばせないといけないんですか!?」 「恋人のお願いは聞くもんじゃないのか?」 「だったら貴方が俺のお願い聞いて下さい!」 「聞いてやったから眼鏡じゃなく、コンタクトにしたんだろう?」 「・・・・っ」 「ちゃんとお前のお願いを聞いてやっただろう?」
そこのバカってなんだ!と丹羽が叫ぶのを放っておいて、中嶋は和希の腰を抱き寄せる。 自分で言ったくせに、眼鏡のない整った顔が近づいてくるのに耐え切れず、和希はどうにか身体を離そうと足掻いてみたが、空手で鍛えられた体躯はビクともしない。
「っ、はな、して!」 「嫌だ」 「っ、中嶋さ、ん・・・っ」 「行くぞ。お好み焼き、焼きそば、カキ氷、りんご飴、どれがいいんだ?」 「え、カキ氷」
間髪いれず返された答えに、中嶋は笑いながら和希の頭を一撫でしてポンと叩いた。
「お子様だな」 「なっ・・・・・煩いっ!人が何を好きだろうといいでしょう!?」
お子様、と言った瞬間の中嶋の顔といったら、そりゃあもう、周りから思わず音がなくなるほど見慣れない柔らかな笑み。 いま見たのって幻?とか、明日は雨じゃなく槍が降るんだろうか、とか色々な言葉が生徒たちの頭を駆け巡る。 しかし、動きを止め、息を呑むほどの衝撃を受けたのは周りのギャラリーだけで、そんな笑顔を誰よりも近くで見たはずの和希は一瞬顔を紅らめたものの即行で反撃している。
あぁ、美人で可愛い彼は、女王様に続いて既にお手つきなんだ。 あの冷徹な副会長の見たこともないような笑顔を見慣れちゃうような関係なんだ。
そんな思いからため息が蔓延するなか、中嶋は和希の腰を捕らえたまま促し、美形カップルは本部を後にした。
written date 06/10/15 Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+
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