夏色のメモリー #2
「・・・・・何処の誰が、こんな馬鹿な事を考えたんだ・・・っ」 「まあまあ、たまにはいいじゃねえか。せっかくの祭りなんだからよ、郁ちゃん」 「郁ちゃんって呼ぶな!」
吐き捨てるように言った西園寺の言葉に、苦笑した丹羽の顔には仕方ないなあというような表情が浮かぶ。 2人とも、いつもの制服姿ではなく、夏に相応しい日本の心と言える和装・・・浴衣を着ている。 それは丹羽の精悍さを引き立て、また西園寺の清楚さを何倍にも際立たせていた。
西園寺が着ているのは白地に深緑でツバメが描かれた浴衣。 少し長めの髪を銀細工の髪留めで結い上げいるため、晒された白い項が少々目の毒だ。 対して丹羽は黒地に銀の龍が描かれているもの。 その大きな身体に雰囲気がピッタリで、色々な意味で西園寺と対照的な姿に周りから視線が集まっている。
普段ならば西園寺のエスコートは彼の幼馴染である七条の役目であったが、当の本人は恋人である篠宮を迎えに行っていて、丹羽にその役目を譲った格好だ。 ちなみに、七条は一見すれば普通の模様に見えるが実は白い蜘蛛の巣と髑髏柄が散りばめられた黒の浴衣。 篠宮は藍色の絣ですっきりとした印象だ。その篠宮が七条の浴衣にどんな感想を持ったのかは、本人しか知らない。
「大体、授業をつぶしてまで祭りをやる意味も分からなければ、全員浴衣着用だなんて理解できない!何処にそんな理事長がいる!?」 「まあまあ。遠藤なりの茶目っ気なんだろうよ」 「そこが理解に苦しむと言うんだ!いい年した大人が、私たち子どもを巻き込むな!」
西園寺のあまりの剣幕に、さすがの丹羽も苦笑するほかない。 おそらく、自分が巻き込まれなければここまで怒りを露にすることもなかったのだろう。 しかし、丹羽や成瀬の手で無理やり手芸部に連れ込まれ、着付けから髪結いまでやられた時点で西園寺の怒りは極限に達していた。 オマケに張本人である所の和希がにこやかに笑って『似合いますよ』なんて言ってしまったから、ついにキレてしまったのだろう。 手芸部を去り際に『覚えておけよ。私はきちんと借りは返すからな』という言葉を聞いたとき、己のことでないながらも丹羽は一瞬、冷や汗をかいたぐらいだ。
「自分が遊びたいだけなら、勝手に縁日でもなんでも行けばいいだろう!?喜んで中嶋が付き合うに決まっている!」 「まー・・・ヒデなら文句言いながらも付き合うだろうけど」 「だったら私たちが巻き込まれるいわれはないだろう!?」
そう、西園寺が怒鳴った瞬間、目の前にその話題に上った人物が現れる。
「何を騒いでいる?」 「ヒデ・・・」 「・・・・・・・・お前が制御できていない馬鹿のせいだ!」 「あぁ・・・遠藤なら嬉々として自分の浴衣を選んでいたな」
鬼畜だの冷徹だのと評される、学園の帝王。 泣く子も黙る、学生会副会長・中嶋英明は、普段の鋭利さは何処へやら、その整った顔に多少の笑みを浮かべて言葉を返す。 いつになく優しげな口調は、親友といわれる丹羽や多少のことでは動じない西園寺ですら、その瞳を瞬かせてマジマジと中嶋の顔を見つめてしまうには十分なほど柔らかなものだった。
「最初はあの、くま柄の浴衣を選ぶから止めるのに苦労した」 「・・・・・・・・・・・・・あの馬鹿は、自分が隠れ理事長だという自覚がないのか・・・?」 「ないんじゃないか?可愛くないですか!?と憤慨していたぐらいだからな」 「・・・・・・・・・・それを楽しげに報告するお前が分からねぇよ、ヒデ・・・」
そんな顔も出来るんだ、という言葉を飲み込んだのは、丹羽だけでなく西園寺も同じだっただろう。 いつもの皮肉げな笑みでない中嶋の笑った表情など、きっととても貴重に違いない。
「お前は着替えないのか?中嶋」 「いや、最後にアイツが着付けてくれるらしい。出直して来いと言われた」 「・・・・・・・・・ヒデにそんなこと言うなんて」 「・・・・・・ある意味最強だな、遠藤は」 「まぁ、どのみち人前でアイツを着替えさせるつもりもないから調度良かったけどな」 「・・・・・・・・・遠藤にそういう事を思える中嶋も最強じゃないか?」 「・・・・・・・まぁ、ヒデだからな」 「あぁ、丹羽。俺たちが行く前に金魚を全部掬いつくしたり、射的の景品を総なめにしたり、屋台を全制覇したりするなよ?」 「何だ、それ」 「アイツが楽しみにしているからな」
中嶋英明という男は、そこまで遠藤和希にメロメロだったのか。 アレの、大人になりきれない子どもの何がそんなにいいんだろう。 何度考えても、どう考えても中嶋の好みは良く分からない。
そんな事を思って、丹羽と西園寺は黙ったままその場を後にした。
written date 06/09/05 Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+
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