<遠藤和希と中嶋英明の力のレシピ>
はるか遠き国の物語
「・・・・・・・・・なんだ、コレは」 「コレってひどいな・・・・貴方の子ですよ」 「・・・・・・・・・・・・・・子ども・・・?」
3年前、急に自分の元を離れていった恋人が街に帰ってきたと知らされて。 何がなんでも文句を言ってやらなきゃ気が済まないと城に乗り込んだ俺を待っていたのは、あの頃と変わりない和希の姿。
俺を捨てて行くなんていい度胸だな、とか。 お仕置きされる覚悟を決めて戻ってきたんだろう、とか。
言いたいことは、たくさんあった。
ただ、それを俺が口にする前に和希が自分の前にコレを押し出したのだ。
濃い蒼色の髪。そして淡い青の瞳。 幼い顔立ちは整っていて、それでも何処か可愛らしさを見せている。
一瞬、デジャヴュ・・・軽い既視感を憶えたのはどうしてか。
首を捻る前に和希が口にした言葉に、思わず思考が止まる。 ポカン、と口を開けなかっただけでも誉めて欲しい。
「子ども・・・・お前、女だったのか?」 「・・・・・・・・・散々抱いておいて、そういうこと言いますか?」 「じゃあ、性転換」 「後で女になっても意味がないでしょう?」 「・・・・・・・・・・・・・じゃあ、どうやって生んだ」 「んー、愛の力?」
ふざけた事を言うクセは、3年の間にも変わっていない。 思わず昔の調子で握った拳を和希の頭に振り下ろせば、足に小さなソレが纏わりつく。
「おかーさんをイジメるな!」 「お、母さ、ん・・・・?」 「英希。大丈夫だよ」 「おかーさん、ホントにだいじょぶ?」 「うん。それより英希。その人がお父さんだよ」 「お、父さ、ん・・・・?」 「えー、おかーさんイジメたひとが、おとーさん?」
この世で俺に理解できない単語があるとは。
呆然としたまま、お母さん・お父さんという言葉がエンドレスで頭を廻る。 そんな頭の痛い事態を気にも留めず、足に纏わりついた小さなそれは俺を見上げながら口を開いた。
「おとーさん?」
冗談だろう。 それか、何かの間違いだ。
百歩譲って、コイツを生んだのが和希だとしても、だ。
何で俺が父親!?
「おとーさん。ぼく、ひでき。ずっと、あいたかったんだ」
にぱっ、と言う擬音が似合うような笑顔。
そんな子どもらしい表情を見た瞬間、俺は思わず頭を抱えた。
「英明さん、頭でも痛いんですか?」 「・・・・・・・・・・痛くもなるだろう!?久しぶりに帰ってきたと思えばこれか!どうしてお前はそう、いつも問題ばかり起こす!」 「問題って」 「問題だろう!?子ども、だと?まさか認知でもして欲しくて戻ってきたのか?養育費目当てか?」 「英明さん・・・」 「何も言わず、お前は勝手に出て行った。それで今度は金の無心か?」 「違っ」 「しばらく見ない間に随分と腐ったみたいだな。生憎だが、俺は引き取る気も金を出す気もない。大体、俺の血を引いているかどうかも怪しいものだ」 「・・・・っ」
ひどい事を言っている自覚はある。 和希が、俺を嫌いになって出て行ったわけじゃない事も、おぼろげながら理解している。
それでも、言葉が止まる事はなかった。
3年前、黙ったまま出て行かれて。 この俺が、柄にもなく傷ついたのは和希だからだ。
俺をおいていった≠フが、ほかならぬ愛していた和希≠セったから。
「・・・・・それでも、貴方の子です・・・」
だから、どれだけお前が子どもを大切にしようと。 手にした選択肢で、何を考えたのかも。
そんな事は、俺には関係ない。
「俺は、お前がいれば・・・それで良かった」 「ひ、であき・・・・」 「お前がいてくれさえすれば、それで良かったんだ」
呟いた言葉は、隠し続けてきた本心。 俺を二の次にしたお前を、傷つけるだろう言葉。
でもそれは、和希だけではなかった。
「・・・・・・ぼくのせい?」 「英希?」 「ぼくがいるから、おとーさん、なきそうなの?」 「英希、それは違・・・」 「でも、ぼくのせいで、おかーさん、おこられてる」
そう言って英希は、きゅっと口唇を噛みしめる。 一生懸命、泣きそうになるのを我慢して。 まだ3歳の子どもが、己を責める。
「ぼくがいなければ、おかーさんは・・・しあわせになれる・・・?」 「英希!」 「ぼくがいなければ、おとーさん、しあわせ?」 「っ、もう・・・言わなくていいから・・・っ」
零れそうになる涙を堪えた英希を、和希はきつく抱きしめる。
自分のせいだなんて、言わないで。 自分のせいだなんて、思わないで。
そう、必死に言う和希の腕をつかむ英希は、何だか俺の小さい頃のようだ。 親の愛を諦め、普通の生活を諦め、王宮で哲也の傍にいることを選んだ、あの時と同じ。 何かを諦める事を知った、大人びた瞳。
・・・・・・・・あぁ、この子は俺の子どもだ。
自分の子どもの頃にそっくりな雰囲気を持つ子。 俺と同じ髪色に、和希と同じ瞳の色。
間違いなく、俺たちの子どもだ。
すとん、と胸に落ちるように理解した俺は、自嘲の笑みを浮かべながら2人に近づく。
「お、とーさ・・・?」 「・・・・・・・・・・・抱きしめても、いいか?」 「え・・・?」 「来い、英希」 「・・・・っ、おとーさ・・・っ」
胸に飛び込んで来る身体は、とても小さくて。 それでも、とても温かくて。 今度は堪え切れなかった涙を零し、しゃくりあげながら抱きついてきた。
「・・・・・英希」 「っ、な、に・・・?」 「お前がいなければ、和希が泣くぞ?」 「・・・・・・・っ」 「そうだろう?和希」 「・・・・・うん。英明さんの言うとおり、だよ・・・?」 「ごめんなさ・・・っ」 「・・・・・・・・・・謝るのは俺だ」
英希がしがみついたのとは逆の腕で、和希を抱き寄せ。 俺は静かに、それでもしっかりと言う。
「悪かった、和希。英希」
それは、親子3人の絆が生まれた瞬間だった。
written date 06/07/23〜09/19 Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+
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