子どもの日 #1


 

 

 

 

「なー、和希。ゴールデンウィーク、暇?」

「え?」

 

唐突な啓太の質問に、戸惑った和希の心境はといえば、『中嶋さんと出かけようと思ってるけどでも啓太に言うのもな』というもの。

この春から大学に通う2学年上の恋人と、ようやく時間が取れそうだと浮かれていた心を少し殺して、和希は親友に向き直った。

 

「何かあるのか?啓太」

「あの、さ・・・5日、俺の誕生日じゃない?だから、もし和希が良かったら・・・旅行でもどうかな、って。ほら、9日連休だし。せっかくだから、遠出してさ」

「え、9日間、全部?」

「うん。ダメ・・・?俺、和希にお祝いして欲しいんだけどな・・・」

 

少し瞳を揺らしながら、下から見上げてくる啓太の姿に和希は困ったように目を泳がせる。

 

中嶋と一緒に居たいのはもちろんだが、親友である啓太も大事。

その啓太の誕生日を祝いたい気持ちは、きっと誰よりも強かった。

 

それに、中嶋とゴールデンウィークの間、ずっと一緒に居られるかどうかも分からない。

あくまで『和希は』一緒に居たいのであって、本人からOKが出たわけではないのだ。

大学でも何かと忙しい中嶋は、休日でも家にいることは少ない。必然的に和希との時間も、BL学園に居た頃より少なくなっている。


幾ら世間は連休とはいえ、中嶋のスケジュールがカレンダー通りとは思えなかった和希は、逡巡したのちに啓太に向かって笑った。

 

「いいよ、啓太。どこ行こうか?」

「っ、ホント!?和希、いいの!?」

「あぁ、啓太の誕生日だもんな。どうする?9日もあるんだから、沖縄とか北海道とかにするか?」

「和希の好きなとこでいいよ」

「バカだな。啓太の誕生日なんだから、啓太の行きたいとこにしよう?じゃ、考えておけよ」

「うん!ありがとう、和希!」

 

 

 

かくして、9日間(啓太にとっての)ハッピー旅行は幕を開けた。

しかし中嶋に話をせず旅行に出てしまった和希の携帯には、本人が風呂に入っている間におどろおどろしいオーラを発揮している帝王から当然のようにコールがあった。


ディスプレイに表示された名前を微かに笑って見つめた啓太は、戸惑うことなく通話ボタンを押す。

 

「もしもし?伊藤です」

『・・・・・なんでお前が出る?』

「和希、いまお風呂入ってるんですよね」

『風呂?・・・・・・貴様、どこに居る?』

「場所は秘密です♪けど、いま、学園にはいないんですよね」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほう?』

「そんな怖い声、出さないで下さいよ中嶋さん。貴方が和希を放っておくから悪いんじゃないですか?」

『放っておいたつもりはない』

「でも、連休の約束してなかったんでしょう?ちょっと落ち込んで和希が可哀想だったんで、気分転換に旅行に誘ったんですよ。そんなわけで・・・えーと、7日には戻ってますから」

『っ、連休中、ずっとアイツを連れ回すつもりか!?』

「当然。俺、誕生日ですからね。和希もお祝いしてくれるっていうし」

『その日だけで充分だろう・・・っ』

「それだけじゃ足りませ・・・・あ、和希」

「?啓太?俺の携帯・・・誰だ?」

「あ、中嶋さんからだよ」

「え?」

 

少し、嬉しそうな表情になった和希は、啓太から携帯を受け取ってすぐさま話し出した。

 

「中嶋さん?」

『和希・・・・お前、一体何をやってるんだ!』

「何って、啓太と旅行に・・・あ、中嶋さんに言ってなかったですよね、ごめんなさい。何度か電話したんですけど、中嶋さん出なかったから・・・」

『メールでも何でも方法はあるだろうが』

「・・・・・・ゴメンなさい」

 

見るからに肩を落とした和希を、啓太は後ろから抱きしめて携帯を当てた耳のほうにワザと囁く。

ビクリ、と震えた和希が吐き出した微かな吐息と啓太の楽しげな声は、間違いなく電話の向こうの中嶋には届いていただろう。

 

「か〜ずき。いつまで俺を放って電話してるの?」

「っ、啓太・・・」

「俺と旅行に来てるときにまで先輩≠ニ電話してることないだろ?」

「ごめ・・・」

「それとも、和希・・・まさか、中嶋さんと・・・」

「ま、まさか、って何だよ!もー・・・ごめんなさい、中嶋さん。また帰ったら連絡します」

『和希!』

「じゃあ、また」

 

 

常識を捨てきれない和希は、中嶋との仲を啓太に隠している。

だからこそ、こんな風に啓太に言われると自分がおかしい事をしているのかも、と疑心に駆られて電話を切ったのだが、それは啓太の策略だったことまでは知らない。

 

親友としての立場を大事にするあまりに、横から掻っ攫われた大好きな人が、誰と付き合っているのかなんて百も承知。

それを隠そうしているのは、自分を蔑ろにしているんじゃなくて、大切に思ってくれているからだと知っている啓太は、自身の立場を最大限に生かすのが得意だった。

 

和希がどれだけ中嶋の事を想っていようと、ちゃんと啓太を優先してくれるし、こんな風にお願いも聞いてくれる。

だからこそ、今回は啓太の勝利に終わったに違いない。

 

 

一応はそんな恋人を尊重している中嶋ではあったが、ツーツーっと通話の切れた携帯を握りしめ、さすがに考えなおしたらしい。

 

「・・・・・・・・・和希が何を言おうと、公表してやる。アイツが誰のものだか、思い知るんだな、伊藤・・」

 

連休明けのBL学園に騒動が起きるのは、間違いないようである。

 

 

 

 

そんな中嶋を気にも留めていない啓太はと言えば、少し落ち込んでいる和希の身体を反転させてベッドにダイブした。

 

「っ、啓太!危ないだろ!?」

「へへ、ごめんね」

 

和希が可愛かったから我慢できなかったんだ。

怒られるから、決して口にはしないけど。

 

そんなことを思いながら、啓太は和希の上にしっかりと圧し掛かる。

 

 

「啓太?ちょっと重いんだけど・・・ていうか、シングルベッドに男2人は狭いだろ?」

「だから俺は和希の上に乗ってるんだけど?これなら平気だろ」

「これならってな・・・けーた?俺は重いって言ってんだけど」

 

『啓太』ではなく、『けーた』と名前を伸ばして呼ぶ時の和希は、ほんの少し子どもっぽく見えて可愛い。

まったくもう、と言いながら浮かべる呆れた表情すら常より可愛く見えて、啓太はニッコリ笑いながら和希の鼻先に自分の鼻を触れ合わせた。

 

「俺のほうが体重軽いんだから、そんなに重くないだろ?」

「あのな・・・女の子ならいざ知らず、男に乗られて重くないわけがあるか、馬鹿」

「ふぅん」

 

悪の帝王なんて呼ばれてたりする彼にも同じこと言える?なんて思ったことは顔にも出さず、啓太は和希の頬に手を伸ばす。

 

整った顔立ちで、子どもっぽい自分より男を感じさせる表情。

だけど綺麗で、たまに凄く可愛くって。

女の子にもモテるのに、隠しているつもりの恋人は結構最低な男。

 

和希って男の趣味だけは最悪だよな。

 

そんな事を思いながら、啓太は和希の頬に伸ばした手で、その顔を引き寄せた。

 

「・・・・・・啓太?人のこと押し倒して、この距離はなに?」

「んー・・・何だろうね?」

「あのな・・・いい加減放せって。大体明日も朝早くから出かけるんだろ?旅行の予定、組んだの啓太なんだから覚えてるよな」

「和希とのデートの予定、忘れるわけないだろ」

「啓太・・・・なに馬鹿な・・・」

「だって。俺は、和希が好きだからね」

 

言葉を遮って、告白めいたことを言う啓太の目は、常とは違って真摯な色を湛えている。

そんな瞳から視線を逸らせずに動きを止めた和希は、それが徐々に近づいてくるのを何処か他人事のようにボンヤリと感じていた。

 

 

 

written date 06/05/05〜05/09

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