君に足りないモノ


 

 

 

 

「何かずいぶん疲れてるようだね、和希」

「そうですか?きっと松岡先生の気のせいですよ」

「君がそんな風に言う時は、絶対疲れてるって証拠」

「・・・・・・敵わないなぁ、迅さんには」

 

ははっ、と声を出して笑う様すら疲れを滲ませているくせに、素直になりきれない目の前の可愛い弟分であり、今は生徒でもある和希の肩に手を乗せ、僕は無理やり保健室へと連れ込んだ。

 

「ちょっ、迅さん!?」

「知ってる?君にいま欠けているものが何か」

「何ですか、急に」

「・・・・・・・休養、だよ」

 

ポカンと口を開けた和希に、僕は苦笑しながら淹れたばかりのハーブティーを手渡す。

 

「これ飲む間ぐらい、休んでもいいんじゃない?七条くんほどは美味しくないかもしれないけど、ね」

「そんな・・・っ、頂きます」

「どうぞ」

 

慌ててカップに口をつけた和希を笑いながら見ていれば、温かいものを胃に入れて少し落ち着いたのか、その顔に微かな笑みが浮かんだ。

 

「ねぇ?和希。そんなに忙しいなら・・・・」

「理事長業に専念すれば、って言葉は聞きませんよ、迅さん」

「・・・・・ホント、君って子は頑固だね」

「こうして学生やってる時間も、俺にとっては貴重ですからね」

「それって、大好きな人と一緒に居られるから?」

「・・・・・・・っ!?」

 

ぶはっ、といっそ古典的なむせ方をした和希を見て、僕は聡い自分を少しだけ恨む。

 

「それなのに、理事会と学生会で互いに忙しくて逢えないなんて、本末転倒じゃない?」

「・・・・・・それでも、ですよ」

「それでも?」

「だって。高校3年生の中嶋さんなんて、今しか見られないでしょう?だったら、俺は精一杯、彼の今≠隣で見ていたいから」

「和希・・・・」

「だから、忙しくてもその道を選んで、自分で歩いていく中嶋さんを見守るだけです」

 

制服を着ていても、中身はちゃんとした大人。

年下の彼氏である中嶋のことを、誰よりもきちんと考えているのは和希なんだろう。

 

あんな子どもに、大好きな子を持っていかれたという事実は凄く悔しいけれど。

でも、中嶋を想って笑うその表情が幸せそうだから。

 

どれだけ悔しくても、僕には背中を押してあげることしか出来ない。

 

「・・・・・・それ飲んだら、学生会室行ってくれば?」

「迅さん?」

「今日、予算編成中止になったからいるはずだよ」

「何で知ってるんです?」

「さっき、七条が教えてくれた。ハーブティーのお礼だってさ」

 

なかなか手に入りにくい茶葉を使ってるそれを振舞ったお礼が、何で僕じゃなくて和希を喜ばせるものなのか。

そこに含まれた意味には気づかないふりをして、ポンと和希の肩を叩く。

 

「さ、行っておいで。僕はまだ仕事があるからね」

「っ、迅さん・・・・ありがとうございます!」

 

 

勢い良く立ち上がって、この場を後にした和希の背に呟いた僕の言葉は。

きっと誰の耳にも届かない。

 

「和希に欠けてたのは、休養より・・・愛情、か」

 

苦笑交じりの言葉を振り払うようにして、僕はティーカップを片付けるために流しに向かった。

 

 

 

 

 

 

written date 06/04/15

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