「け〜いた!早く行こう?」
「・・・・・・・・・和、希・・・?」
「ん?」
今日は10月31日。
例によって理事長(和希)のお祭り好きのせいで、学園を挙げてのハロウィンパーティーが行なわれることになったのは、きっと想定内のこと。
だけど、俺の部屋に迎えにきた親友、和希の姿だけは、俺の想定外だった。
「なに・・・・それ?」
「それ、って・・・えー?可愛くない?」
「や、可愛いよ!可愛い、けど・・・」
少し淋しげな表情で首を傾げる和希の姿を見たら、慌てて否定の言葉を口にするしかない。
確かに、その言葉に嘘はない。
可愛いんだよ、ホントに。
でも・・・・幾ら高校生として通っているからって、もう二十歳超えてんのに、いいのか?その格好。
「啓太の着たウェディングドレスよりは手ぇ込んでないけど、これも大変だったんだぞ?」
「いや、それは見れば分かるけどね・・・」
「じゃあ何が駄目?」
「駄目っていうか・・・あの、さ、手芸部っていっつもそんなの作ってんの?」
「そんなの?」
「そーいうレースふりふり、っていうか」
何て言うか、和希が今着てるのは、たぶん『不思議の国のアリス』のアリスの衣装。
水色を基調としたワンピース?に、あのウサギのぬいぐるみを手に持っている。
オマケに、アリスのはずなのに、和希の頭にもウサギの耳が・・・。
「ん〜、レースは多いかなぁ?でも今回はそんなに多くないだろ?アリスのはエプロンでほどんど隠れるし。まぁ、スカートの中はスゴいけど」
「うわわわわっ、和希!す、スカート上げないでっっ」
「何だよ、啓太。そんなに慌てることないだろ?中身は俺なんだから」
・・・・・・分かってない。
分かってなさ過ぎるよ、和希。
中身がお前だから問題あるんだろ!
廊下を歩くほかの生徒の目を見ろって!
ホントにもう、何でそんなに自分に無頓着かなぁ。
俺、少しだけ中嶋さんに同情したくなってきたよ。
「ヘンな啓太。まぁ、いいや。早く行こう?ゲーム始まっちゃうよ」
「ゲーム?」
「そ。TDL1日パスポートを賭けたゲーム」
「・・・・・今度はどんなのだよ?」
「TDLキャラの誰かがパスポート持ってるんだ。もちろん、俺も今回は捕まえられる側で」
「え?」
「だからー、ミッキーの格好ってのも無理だから、耳つけてあの服装してたり、ティンカーベルの格好とか、フック船長とかしてる人がパスポート持ってるんだ」
「は?」
「もちろん、クイズに答えられなきゃ持ってるかどうかも分からないし、持ってたとしても貰えないんだけどね」
そう言って和希が笑った途端、会場にたどり着いた事を知った俺の顔は、きっと凄く青かったに違いない。
「あの、さ、和希。それって・・・ちなみに和希の企画?」
「そうだけど?」
「学生会の許可、とか・・・取ってない、よね?」
「別に問題ないだろ?」
大アリだよ!和希の馬鹿!!
ヤバい、マズ過ぎる。絶対、中嶋さんの怒りの鉄槌が・・・に、逃げなきゃ!!
そんな事を思った瞬間、後ろからハイテンションな声が響いた。
「え〜んどうっ!可愛いね〜vvv」
「なっ、何ですか!離して下さいっ、成瀬さん!!」
「嫌。こんな可愛い子から僕の手が離れたがるわけないでしょう?」
「どういう理由ですか!」
「大体、君、それアリスだろう?なら身体検査しないとね」
「・・・・・・は?」
「パスポート。持ってるかもしれないだろ?」
「っ、な・・・・ど、どこ触ってるんですか!」
「ん〜肌すべすべ♪」
「手、手をどけろーーーーーーっっ」
背後から和希を抱きかかえた成瀬さんは、そのまま手を滑らせ、スカートの裾辺りのヒザ近くを触っている。
和希も顔を真っ赤にして抗議してるけど、どちらかというとその表情は周りを煽っているようにしか見えない。
本当に自分に無頓着だから、きっと自分がどれだけ周りに見られているかも知らないのだろう。
「おや、成瀬くん。随分可愛らしい姫君を抱えてらっしゃいますね」
「可愛いだろう?オマケにアリスだから、ちょっと身体検査してるとこ。七条の見立てではどう?」
「そうですね・・・恐らく主役か、もしくは永遠の少年が持ってるような気はしますが、アリスも捨てがたいですよね」
「やっぱり?じゃあ、調べないとね」
「僕もお手伝いしますよ」
あ〜・・・・七条さんまで増えちゃったよ。
どうしたもんかなぁ、と思って和希を見れば、泣きそうな顔で身を捩っている。
親友をそのままにしておくのも忍びなくて、俺は成瀬さんと七条さんに一応、お伺いを立ててみた。
「あのー・・・成瀬さん。和希、離してくれません?」
「ハニー!ハニーの格好も可愛いね。それ、ドラキュラ?」
「はは、ありがとうございます。それより和希・・・・」
「ダメ。幾らハニーのお願いでもそれは聞けないよ」
「そんな〜七条さ〜ん」
「ふふ、伊藤くんのお願いでも、それは無理ですね」
むしろ、さっきよりガッチリ成瀬さんと七条さんに抱えられた和希の姿に、周りからもチラチラ視線が向けられる。
そればかりか3年生とか、俺が口も挟めないような先輩たちが次々と和希を代わるがわる抱きしめ始め、俺の手には負えない事態になってきた。
ど、どうしよう・・・そうだ!中嶋さんは!?
きっと、この事態を唯一打開出来るだろう人物の名前が頭に浮かび、周りに目を向けた俺だったが、その姿を見つけた瞬間、いっそ見つけられないほうがマシなんじゃとさえ思った。
怖い・・・・怖いという言葉しか、思い浮かばないぐらい怖い。
まるでモーゼの奇跡か、と言わんばかりに割れた人波を一瞥して歩いてきたその人の視線は、ありえないぐらい殺意が湛えられている。
それを見ても顔色ひとつ変えない成瀬さんと七条さんは、もの凄い大物なのではないだろうか。
「人のものに手を出すとは、さすが犬だな。善悪も分からないと見える」
「おや、誰が誰のものなのですか?中嶋さん。僕たちはただ、可愛い後輩と友好を深めているだけですが。ねぇ?成瀬くん」
「七条の言うとおりですよ、中嶋さん。僕らはただ、遠藤と話をしていただけで」
「・・・・・・・・・なら、その手を今すぐ離せ」
いつものように鼻で笑うこともなく。
いつものように嫌味を言うでもなく。
中嶋さんは、ただ、睨みつけてそれだけを口にした。
きっと、それは和希の泣きそうな顔にいつもの冷静さを保てなくなっていたからなのでは、というのは俺の予想。
そうでなければ、七条さんとやり合わずに睨むだけで済ませるなんて、中嶋さんらしくない。
そんな中嶋さんの視線に一瞬だけ気圧された2人の力が緩んだ隙をついてか、和希が身体を離して中嶋さんのほうに手を伸ばす。
その手をしっかり掴み、和希の身体を抱き上げた中嶋さんは、七条さんたちから目を離して和希に視線を落とすと耳元に口を寄せて囁いた。
「本当に・・・お前はどうしてそう、勝手なことばかりする?」
「・・・・・・俺が悪いんですか?」
「俺の許可なく企画なんか立てたからだろう」
「だって、あれもダメ、これもダメって。中嶋さん、ダメばっかり」
「当たり前だろう。お前自らが参加するような企画は今後も許可しない」
「・・・・・・・・・ケチ」
「悔しかったら、自分で逃げられるぐらいの手を考えてからにするんだな」
「そんな無駄なことしませんよ」
「無駄?」
「だって、中嶋さんが助けてくれるんでしょう?」
笑いながら中嶋さんの首に手を回した和希は、とても楽しそうで。
俺は、中嶋さんがどれだけ和希に振り回されているのかを知って、ほんの少しだけ同情した。
そう、少しだけ。
だって、中嶋さん、きっと好きで和希に振り回されてるんだろうからさ。
和希を抱き上げたまま、会場を後にする背中を見つめ、俺はそんな風に思ったのだった。