桜色舞うころ.


 

 
 
 

朝からひどく機嫌の良い恋人に、中嶋はほんの少し警戒を憶えていた。

 

とにかく和希といえば、寝起きが悪い。

まして こんな朝早くから人を外に連れ出すなど、いつもの低血圧っぷりからいえば『ありえない』とさえ断言できる。


にもかかわらず、右手に大きな荷物を持って、左手で中嶋と手を繋いだ和希はご機嫌で学園島の桜並木を歩いていた。

 

 

「いいのか?こんな入学シーズン間際に理事長が遊んでいて」

「問題ないだろ。ウチには優秀な秘書陣が揃ってるし・・・英明も後で手伝ってくれるだろ?」

「・・・・・・・俺も入ってるのか」

「そのほうが俺のペースが上がるからね」

 

絶対連れて来いって石塚に念を押されたから、と笑いながら言う和希を前に、中嶋は笑い事じゃない、と心の中でため息をつく。

 

 

とうに学園を卒業し、都内の大学に通う中嶋にとって本来なら関知する必要のない理事会関連の仕事。

しかし、『どうしても間に合わない』と石塚やら和希本人に泣きつかれるようになったのは、大学に入ってすぐのことだった。

いつの間にか押し付けられる仕事量が増えていることに気づいた時には、もう手を引けない状態で。

まさか、このままズルズルと卒業後の進路まで決められてしまっているのでは、と中嶋が危惧しても仕方がないと言えよう。

 

もちろん、そんな選択肢もはなから中嶋の中にあったのだけど、「他人に決められる」のと「自分で決める」のでは意味合いが大きく違う。

あと2年しかない大学生活を前に、中嶋はこれからも和希に振り回される予感でいっぱいだった。

 

 

「なにボーっとしてるの?早く座って座って」

 

いつの間にか大振りな桜の下に陣取り、シートを引いて荷物開きを始めた和希は楽しそうに中嶋を急かす。

その言葉にようやく腰を下ろした中嶋だったが、座ってまもなく、大きな荷物の中身を知る。

 

「・・・・・・重箱なんか持ってきたのか、お前は」

「だって、せっかくのお花見だもの。楽しまなきゃ」

「こんな時間からか?」

「ちょうどいいだろう?朝ごはん、朝ごはん」

 

確かに、朝9時というのは休日の朝食と考えれば、まぁいい時間ではある。

だが、わざわざ外に来て、重箱はどうなんだろう。


そんな風に考えを巡らせる中嶋の思考を断ち切るように、和希が楽しげな声を掛ける。

 

「アーン」

「・・・・・・なんの真似だ」

「早く口開いて」

「自分で食べる」

「ダーメ。だってお箸、一膳しか持ってきてないし」

「・・・・・・始めからそのつもりだったな・・・?」

「何が?」

 

朝から楽しそうだった理由はこれか。

ニッコリ笑って差し出されたままの箸を見つめ、中嶋は小さくため息をつく。

 

「ホントにお前は、いつでも子供だな」

「英明がそうさせてるんだよ」

「・・・・・・人のせいにするな」

 

そんな風に言って、諦めたように口を開いた中嶋は、ふわりと甘い卵焼きを口腔に招き入れた。

 

 

「美味しい?」

「・・・・・・まぁまぁだな」

「ちえ、英明はいつもそうだ」

「別に不味いとは言っていないだろう?」

「でも、美味しいとも言ってくれない」

 

少しふてくされた様子で顔を逸らす和希に、中嶋は苦笑いを浮かべる。

結局、なんだかんだ言って、中嶋は和希に甘いのだ。

 

「・・・・・・・・・・・美味い」

「え?」

「お前の作るものは、何だって美味いさ」

「・・・英明っ」

 

勢い良く抱きついてくる恋人の身体を難なく受け止めて、中嶋は微かに笑う。

 

 

 

たまには、桜の下で過ごすのも悪くない。

愛でるものが2つに増えただけのこと。

 

そんな事を思う中嶋は、この学園にいた頃とは比べ物にならないほど穏やかな笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

「桜色舞うころ」・了 

 

 

written date 06/03/07

Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+

 


inserted by FC2 system