「和希さぁ、そういえば初恋のあの子、会えたの?」
「っ、な、迅さん!?何の話ですか!?」
「えー?だってその子のために、こうしてガッコ通ってんでしょ?忙しい理事長様が」
「ちが・・・・」
「それとも何?僕の知らないとこで他に理由でも出来ちゃったわけ?例えば・・・年下の悪い虫がついた、とか?」
いつの間にか弄んでいた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出した松岡は、和希から視線を保健室の外に移す。
そこには、学園では知らぬ者などいない、学生会コンビが何やらやりあっていた。
保健室にまで声は届かないものの、恐らく逃げ出した丹羽をとっ捕まえた中嶋が、無理やりでも引きずって学生会室に連行しようとしてるのだと分かる。
そんな光景を見て、くすりと笑った和希の声につられるようにして振り返った松岡は、少し不満そうな表情を浮かべて鼻を鳴らした。
「和希?まさか本当に悪い虫つけちゃったわけ?」
「なー・・・虫ってなんですか、虫って!」
「んー、アレ、とか?」
口元から外した煙草の先を向けた相手は、丹羽をやり込めている最中であろう中嶋。
開け放たれた窓に背を向けながら松岡の観察眼の鋭さに舌を巻いた和希は、どうやって誤魔化そうかと考えていて外からの仕掛けに一瞬対応が遅れる。
「・・・・・・何をしている?」
「っ、び、びっくりした・・・急に声掛けないで下さいよ」
丹羽の処遇はどうなったのか分からないが、保健室の外から近づいてきた中嶋はその気配を感じさせずに和希を窓枠越しに腕の中に閉じ込めた。
「暇そうな校医に付き合っている暇なんかないんじゃないか?お前には」
「暇そうとはお言葉だね?中嶋くん」
「給料泥棒のように仕事をしてない風にしか見えないが?」
「僕は立派に仕事中だよ。疲れた和希の息抜きのお手伝い、っていうね」
そう言って綺麗に笑った松岡だったが、そんな挑発するような態度には構わず、中嶋も笑みを浮かべる。
「そんな必要はないな。コイツには俺がいればそれでいい・・・・行くぞ、和希」
「な、ちょっと待って下さいよ、中嶋さん!俺、上履きなんですけど!?」
「問題ない」
「どう問題ないって言うんですか!!」
閉じ込められた腕の中から逃げ出すこともかなわないまま、抱き上げられて外に連れ出された和希が怒鳴るのも介さず、中嶋はそのまま歩きだす。
「このまま昇降口まで行くから問題ない」
「ちょっ、せめて担ぎ上げるとかにして下さい!!」
「知らんな、お前の都合など」
姫抱きのまま、中嶋を怒鳴りつける和希の声が段々遠ざかっていくと、松岡は呆気に取られた顔を一瞬歪め、先程とは違う冷たい笑みを浮かべた。
「いい度胸だ、中嶋英明。この僕を挑発するとは・・・・そう簡単に和希をやると思うなよ?」
見た目とは裏腹な鋭い声に隠された感情は、中嶋には届いたのだろうか。
それも分からないまま、立ち上る紫煙は暮れ行く空気の中に静かに消えていった。